Re: 短筆 1 (握った手、いつまでも離さないでいて) ( No.51 ) |
- 日時: 2007/05/27 15:38:24
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- ザザッ、と雑音が手元にある通信機から漏れた。それは誰かからの通信が入った音。
『……こちら魔女(ストゥレーガ)。ボス、応答願います』 「…………ボス、は止めてくれないかな」 『考えとく』
聞こえてきた女性の声に溜息を吐き、軽く頭を振った。 通信機に視線を向けると、微かに女性の声の向こう側から銃声が聞こえてきているのに気付く。
「もう交戦始まってるの?」 『まーな。ついさっき肉食動物が突っ込んでいった』 「…………少しは止めようよ」 『止めたさ。「相手が多いからスモーキンボムが数減らすまで待てば?」って』 「…………」
呆れて物も言えなくなる。 別に戦うのが悪いって訳じゃない。だってこれは避けられなかった戦いだから。 言いたかったのは、何で単身で行くんだと言うこと。誰も欠けて欲しくないから。 そこが甘いんだよ、君は。そういわれるのは解ってるんだけど。
「……で、キミも行きたいんでしょ?」 『あ、やっぱわかる? 少しでも近くで援護したいじゃん』
その方がこっちの被害、ていうかあいつの被害、止められるだろうし。 続けて言われた言葉に苦笑する。 あいつの被害ってどっちの被害を言ってるのか、もしくは両方の被害を言ってるのか、どうも判断しがたい。 けれどあの人の行動に対して妙に填ってしまうと思う。
「解った。なるべく無傷で帰ってきてね」 『了解(D'accordo)』
それを最後に通信が途切れる。 暫く待てば勝利報告が通信機から流れ出てくるのだろう。 それは、昔一番日常にしたくなかった日常。 けれど今はこれでもいいかなぁ、なんて思ってしまっている自分がいる。
(間違いなくこれはあの家庭教師の影響だ)
|
Re: 短筆 1 (握った手、いつまでも離さないでいて) ( No.52 ) |
- 日時: 2007/05/28 01:30:43
- 名前: 垣ゆうと
- 「僕が引き金を引くのは何でだと思う?」
と彼は手の中の拳銃を弄び眺めながらそう言った。 黒くってごつりとした重たそうなそれは、彼の愛用のもの。
彼の問いに僕は知るもんか、と答えながら ホットケーキの乗った皿をテーブルに置いた。 「食事の時にはぶっそーなもんを出さない。」 彼は自分の前に置かれたホットケーキを 鼻をひくつかせて、涎を垂らして見詰めている。 「分かってるよー。」 にこにことしながら彼はそれを服の中のどこかにしまった。 そして手を差し出して、無言でフォークとナイフを要求する。
子供じゃないんだからさ、と僕は仕方なくメイプルシロップも一緒に渡す。 受け取った彼は容器を強く絞り、ホットケーキを有り得ない量のシロップ塗れにした。 「いただきまーす。」 健康に良くないと思う。絶対に良くないと思う。 そうは思うのだが彼はいつまでたってもやめようとしないので もう彼の健康状態については放棄することにしている。 おいしそうにホットケーキなんて食べてる彼。 ナイフの使い方の下手なこと。シロップだって零してる。 そうして僕は考える、思考する。 くるくると、最近、そればっかりが僕の頭を回す。
「(ずっと、フォークとナイフと、メイプルシロップ、 キャンディーやチョコレート、クッキー、紅茶、 本とか映画、アンティーク時計、バイオリン、それから)」
そうやって彼なんて、愛してるものだけに囲まれて、幸せになってしまえばいいんだ。
くるくると、最近、そればっかりが僕の頭を回すんです。
|
Re: 短筆 1 (握った手、いつまでも離さないでいて) ( No.53 ) |
- 日時: 2007/05/28 18:55:49
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- この『世界』は平和で危険で哀しくて楽しい。
例えば「彼」が今立たされているのは、この『世界』を縮小した中間地点のような場所なのだろう。 平和で楽しいけれど、危険もあって哀しい出来事も起こる。 いや、「彼」に言わせれば平和は前に比べれば激減し、危険が激増したのだろうが。 それもこれも、アイツが来た所為だよ。 「彼」はそう愚痴る。確かにそうなのだろう、と私も思う。
だからこそ、私達はこの『世界』から旅立たねばならないのだとも。
私と姉には混乱を招く運命が生まれたときから備わっていた。否、姉は私のとばっちりだ。 その運命のお陰で、私達は各地を転々としなければいけない。 さもなくば、留まった地に混乱を、騒乱を招いてしまうから。 今回もすぐに旅立たねばならなかったのだ。 なのに、今もここにいる。
離れたくない人が出来た。
これは私のエゴだ。そう解っている。 「彼」やその周りの人のためを思うなら、旅立たねばならないのだ。 けれど…………。
「……何百面相してるの」
顔を覗き込んできた彼が感情のあまり感じない声で聞いてくる。
「……今日の夕飯、何にしようかと」
当たり障りのないよう、とても自然でとても呆れることを言う。
私は彼から離れたくないんです。 彼の隣が居場所だと思いたいんです。 どうか、愚かな私を許してください。
|
Re: 短筆 1 (握った手、いつまでも離さないでいて) ( No.54 ) |
- 日時: 2007/05/28 19:32:06
- 名前: 色田ゆうこ
星の降るような夜だ。静かな海辺で僕は呼吸をしていた。 まるで宇宙のような場所で。 水面が星を映すものだから、空と海の境界線がすっかりわからなくなっている。
生まれてはならない子どもだった。
神さまは許してくれなかった。 その証拠に、僕は時折息の仕方を忘れる。 空気を吸い込むために何をすればいいのか、僕は知らない。
(自分が誰なのか、知らない)
名前はついていた。最近まで呼んでくれる人間がいなかっただけで。 そのうちに忘れてしまった。自分は何と呼ばれれば、いいのですか。
夏の草むらでやさしく灯る、美しい生き物の名を。 あの草むらで僕は、笑い方を知ったのに。
「けいちゃん、どしたの?」 「……息ができない――」 「、けいちゃん!」
夜だった。夜の海辺。子どもがいる。僕と彼がいる。とこしえの名を持つ少年。 白い指が僕に触れる。 夜だった。神聖な。清く何も無い僕たちの世界。 此処にくるまで、黒い大人たちの腕が何度も僕らを追ってきた。それは僕らに青い痣をつける。
「いきなきゃ、」
何としても。彼は言った。 僕はやっと息を吸い込んだ。そしてゆっくりと吐いた。空気が震えるのを確かめた。
「けいちゃん。ボクたちはもう、産まれたころみたいに生きれない」
悲しかった。 波の音は相変わらず、穏やかなだけで。僕らに何も与えない。 僕はただただ、少年の白い腕に縋っていた。彼は静かに泣いていた。 海辺に子どもが二人いる。 星の降る夜から、僕らはそっと逃げ出した。
|
Re: 短筆 1 (握った手、いつまでも離さないでいて) ( No.55 ) |
- 日時: 2007/05/28 19:51:20
- 名前: 黒瀬
- 参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/
- 燕藤悠弥。
そう彼の名前を名簿に書き写してから、鳶内ゆきは小さく溜息を吐いた。 「………画数の多い名前だなあ」
握っていたシャーペンを机に置く。それから、ぐぐっと伸びをした。 んんーっ、と声が漏れる。肩も凝った。 日直日誌なんて、今の今まで書くのを忘れていたのだ。自分の愚かさが腹立つ。
燕藤悠弥。えんどうゆうや。 もう一度、その名前を心の中で復唱する。 彼の名前は今日、「遅刻生徒」という欄の中にある。 いや、今日だけじゃない。昨日も一昨日も、一週間前の記録にさえ彼の名はこの欄におさまっていた。 最初病院に言っているのかとも思ったが、クラスで一番背が高く身体も丈夫な彼が病院に行くなんて到底考えられないのだ。 (ちなみにそれに対してゆきはクラスで一番背が低く、燕藤とは頭二つ三つ分ほどの差がある。ゆきからしたら、彼は鉄壁にしか見えない) ――寝坊かな、ただの。 一番妥当な理由を見つけ出し、ゆきはまた日誌を書き始めた。
日誌を書き終わり席を立つと、いつの間にか教室が橙色にきらめいていることに気付いた。 私字書くの遅いのかな。ぼんやりそう思いながら、ゆきは担任のいる職員室へと急いだ。 中一のゆきからしたら、職員室に行くことすら脅威だ。そこへ到達するまでに何人の先輩と擦れ違うだろうか。 先輩に遭うたびゆきは律儀に頭を下げ、半ば泣きそうになりながら、日誌をぎうと抱きしめて職員室へと急いだ。 そしてやっと、到着する。 ゆきは内心ほっとして、職員室の扉に手をかけようとした。 が、なんと扉は自動的に開いた――というより、向こう側から開けられた。 先生かと思って見上げれば、そこには背の高い男子生徒が立っていた。 ――わ、わ、先輩だっ! そう思ってゆきは慌てて、深く頭を下げた。一瞬の間。それから、相手が息で笑うのがわかった。 「……?」 疑問に思って目を開くと、男子生徒の上履きが目に映った。 ゆきの中学は、学年によって上履きの色が異なる。一年が緑、二年が赤、三年が青だ。 ……その男子生徒の上履きは、白地に緑だった。 わかった瞬間、ゆきは顔が熱くなる。同級生を先輩と間違えてしまった。 照れ隠しに、威勢よくばっと顔を上げた。すると、 「………え、燕藤くん?」 先程遅刻生徒の欄に名を記した、クラスメイトが立っていた。
――これが燕藤悠弥と鳶内ゆきの奇妙な交友関係のはじまりだったということは、まだ二人はしらない。
|
Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.56 ) |
- 日時: 2007/05/28 22:01:10
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- 路地裏で人を見つけた。長い黒の外套を纏い、濃紺の髪をしたその人は、四肢を投げ出してうつ伏せに倒れ伏していた。
そしてその人を綺麗な金髪を雨に濡らして、小さな影が見下ろしていた。 『こいつ―――――――――、人じゃない』 目深に被ったシルクハットを僅かに上げると、紫紺の眼をした隻眼の少女が気難しい表情をしている。 少女は幼い頃から特殊な技術の訓練を受けた者だ。それで鍛えた五感には、時に人の生気を感じ取る力も在る。 ―――――――そして、この人からは全くその気配がしない。気配はするのに、それは人ではないのだ。 「――――――――――もしかして」 意を決したように屈みこみ、転がったその人をうつ伏せから仰向けにしてやる。 紫紺の髪を払いのけてやると、端正な顔立ちの青年の顔があった。 仰向けにする為動かしたからか、青年が微かな呻き声をあげて瞼を開いた。開かれたその瞳の色は、それは綺麗な紫色だった。 「きみ・・・・・」 「あんた――――――アリスね」 微かな青年の声を無理矢理遮って、少女は言う。 「アリス・・・・・」 言葉を遮られたことと、少女の口から発せられた言葉に僅かに眉を寄せ、青年は呟く。 「・・・・・・・・・覚えてない」 ――――――――記憶喪失者。青年の言葉に思わず溜息が漏れる。 アリスは人間に似たような存在。不安定な力で作られたそれには、記憶喪失のような者も多いと過去に聞いたことがある。 『・・・・・・・あたしも、拾われ者だし』 溜息と同時に、興味もある。 「・・・・・・あんた、名前は」 少女が言うと、青年は僅かに首を横に振る。 「――――――――――あたしの名前はアイ。あんたに名前をあげるよ」 「何だよ、その横柄な態度・・・・・・」 見下ろして言う少女―――アイの発言に、青年は苦笑する。 「・・・・・・・・で?何なの、俺の名前」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“愛と勇気”の、ユウ」 「は?」 「とある国の言葉だよ。優しいとか、勇気があるとか、そんな感じの名前。あたしはアイで、あんたがユウ」 「・・・・・・・・・・・・・・悪くないね」「・・・・・・・・でしょ?」 そういって、少女と青年――――アイとユウはにこりと哂う。
これから始まる果てのない旅を、思い浮かべながら。
|
Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.57 ) |
- 日時: 2007/05/28 22:13:26
- 名前: 垣ゆうと
- ・心中
「私はあなたと一緒に死にたいの。」 彼女の指先に私の指先が触れる。私がそう言っても、 彼女は何の反応も示さない。無表情のまんま。 私が掌をつけると、彼女も同じ仕草をする。 彼女の手と私の手が、ぴったりと合わさって、私はなんだか嬉しくなった。
「できるだけ、早く死のうね。いつがいいかなあ。 どうやって死にたい?早く死にたいねえ。」
彼女は私と同じ仕草をしながら、同じように空虚に微笑む。 硝子のように冷たい彼女の手、彼女の顔の辺りで、きらりと光が反射する。
「私は、あなたと一緒に、死にたいの。」
私と同じ仕草で、私と同じ空虚さで、彼女は私を見詰めて泣いた。
|
Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.58 ) |
- 日時: 2007/05/28 23:02:34
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- 『実験記録報告書』
「クロウ・レヴィーリア」 適正β値を記録。しかし発生の兆候がないため廃棄処分。 処分後、そこから黒い煙のような物が立ち上っているのを数人が目撃。
「カルディオ・グランディ」 適正β値を記録。しかし発生の兆候がないため廃棄処分。 ただし、処分途中にて逃走。逃走中、発生したと思われる「紅色」もしくは「銀色」を数人が目撃。報告中に通信途絶える。
「相賀由」 適正α値を記録。発生の兆候を見せたが、失敗に終わる。 内部崩壊を起こし自我等を喪う。
「十一月二十九日夜切」 適正β値を記録。発生の兆候を見せたが、結局失敗に終わる。 失敗と思われていた実験後、驚異的な身体能力を見せ………………………………………………
「こんなもんがまだ残ってるとはね」
何かの研究所跡地に佇む黒髪の女性。その手には何枚かの黄ばみ、かさついた紙が収まっている。 研究所跡地といっても、建物は丸々残っている。 そんな中、その紙は今まで誰にも発見されていないらしかった。
「……負の遺産、だわな」
女性は自分の手を見つめ、吐き捨てるように呟く。 ぐしゃり、と紙を握りつぶせば、粉々になり風に乗って飛んでいく破片。 それを暫く見つめてから、女性はその場を後にした。
|
Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.59 ) |
- 日時: 2007/05/28 23:18:46
- 名前: 玲
- 参照: http://yaplog.jp/yami-tuki/
- その日も少年は人が行き交う繁華街を歩いていた。
袖無しの衣類かと思われたそれは、右が長く左が短いという奇妙な服。 その上からカーマインの上着をだらしなく羽織っているのその姿はどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。 彼の周りの空気は賑わっている通りとは全く異なり沈んでいて、それはきっと彼の心をそのまま表しているのだろう。 全の中の一に気付かず動き続けているこの世界への、ただの八つ当たりだ――。 目を瞑っていても、朝目を覚ましても、食事をとっていても、仕事をこなしていても、考えていることはただ一つ。 この大きな世で喪われてしまった小さな命。 それは、世界にどれ程の影響を与えるのだろう。……きっと、与えるものなんてありはしない。 分かっているのに思考せずにはいられない少年は、そんな自分に苛立ちを覚える。 ――未練がましいな。 いつまで彼女に囚われているのだろう。 もういない。 いないと解っていても……いや、解っているからこそ彼女の存在がいかに自分の中で大きかったのか思い知らされて少年は胸が痛んだ。 きりっとした痛みをシャツを握り締めることで抑え、緩慢になっていた歩速を僅かに上げる。 そこで少年の目の前を白銀の天使が通り過ぎた。 正確にはそれは天使などではなかった。けれど少なくとも、目に光を喪っていた彼にはそれが眩い後光を放つ天の使いに見えたのだ。 通り過ぎる際、天使の顔が少年に向けられた。ぴたっと天使は豪奢なドレスに包まれた足を止める。 その瞳は一際目立つ白銀の髪とは違い、まるで何年も磨かれることを忘れていた宝石のように曇っていた。 唐突な天使の出現に動揺を隠し切れない少年に向かって、彼女は口を開いた。
「お前、私を連れて行け」
それが当然だというように、天使はきっぱりと言い切ったのだ。
「お前は私と同じ目をしているな」
更に天使は言う。
「お前なら私を殺してくれるだろう」
運命の出会いとは不意に起こるものだ。 それもたった一度きりの人生において、何度でも――――。
|
Re: 短筆部文集 1冊目 (へたれ部長と神部員がお送りします。) ( No.60 ) |
- 日時: 2007/05/30 23:05:44
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- (どうしてオレはこんな暗い場所にいるのでしょうか)
それが一番新しく、なかなかに古い記憶だった。 周りは黒で塗りつぶされていて、自分の姿を視認することも不可能だった。 だがどうやら、自分の足の裏と尻は地面に付いている。地面に座り込んでいるらしい。体育座りのようだ。腕が膝に触れている。 そして裸足であるらしい足の裏の感触から、そこは石で出来ていることだけは確認する。 腕と足は剥き出しだった。履いているパンツの類は太もも辺りで終わっているらしい。腕の部分はどうやらノースリーブのようだ。 微かに身動ぎすると、じゃらり、と鎖が擦れあう音が耳に届いた。 そう、鎖だ。腕を動かせば手首の辺りで冷たい感触がそれぞれを一定以上離れないように固定している。手枷が填められているらしい。 足も同様らしかった。冷たい鉄の感触が足首辺りに存在している。
(ええっと……何故オレはここにいるんでしょうか)
考えてみる。答えは返ってこない。 仕方ないので、別のことを考えることにした。
(名前は…………大丈夫、ちゃんと憶えてるみたいですね)
なるべく身動ぎしないよう、けれど少し身体を後ろに倒してみる。 背中がすぐ壁に付いた。薄い布地越しにひんやりとした感触が伝わる。 「ここは、狭いのでしょうか」
声を出してみる。ほんの少しだけ反響した。そんなに広くないらしい。もしかしたら反響しにくい材質なのかもしれないが。 子供独特の高い声。それが自分の口から言葉を伴い漏れたことに驚く。
(そうか、オレは子供だったんですね)
変声期前、恐らく十にも満たない子供の声。それが自分の口から出ることに何故か違和感を憶える。 そして、自分の声すら忘れている自分に大きな違和感を憶える。 自分の声すら忘れているのに、自分の周りにあるモノの名前を覚えているのが不思議で堪らなかった。 暗闇や鎖、服というモノ。床に壁、石。
(このままだともっと忘れそうですね)
的確に今の状況を分析することは出来なかった。情報量が少なすぎた。 何故自分がここにいるのか、何故自分は色々なモノを忘れているのか。 解らないが、思考しても答えは返ってこないのだろう。
(まぁ、そのうち出られるでしょう。それから色々考えれば――――) 「アレッタ・ファータ。…………出ろ」 (――――ほら、ね)
暗闇に同化していた瞳に、強烈な光が飛び込んでくる。刺激が痛みと判断され、暫し目を瞬かせた。 すぐに瞳が光に慣れていく。そのことを疑問に思う間もなく、入ってきた大人に両脇を抱え立たされ、手枷に付いた鎖を引かれる。
(これからどうなるんでしょう)
兎に角なるようにしかならない。 そう思い、気付かれないよう小さく溜息を吐いた。
|