似ていない妹と女装した男と教師3人 ( No.34 ) |
- 日時: 2007/12/16 11:41:25
- 名前: 色田ゆうこ
- ああいえ――考え込んでいる梁嶋姫由香の質問に、弓束は首を横に振った。
「落とし主を捜しているのではなくてもう片方を捜しているんです。……とても大切なものだから、と」 「へえ、あの人にもそんなものあったのね」 あの胡散臭い関西弁の双子の兄とは似ても似つかない、透き通った黒い目で、不思議そうに瞬きをする。 女らしい、やわらかそうな白い指が、カーディガンの袖からのぞいている。爪が妙にてかてかしている。 「わっかんないなあ……」 「……そうですか」 弓束は、真面目くさった顔でそう言い、イヤリングをしまう。 廊下から聞こえてきた高い声に、思わず苺建が仁王立ちで誰かを指差す光景が浮かんだ。 うんざりとため息をつく。
その制服は最早、原型を留めていない。原型すら違っているのではないかと思うほどだった。 ブラウスの襟、裾にはいつのまにかレースがあしらわれ、しかもスカートの方はふっくらと大きく膨らまされている。 「せめて上靴履くよろし!」 少女の足元の黒い革靴を指差して、苺建は泣きそうになりながら怒鳴った。 少女は悪戯の好きそうな目をして口角を上げ、かわいらしく小首を傾げる。肩まで伸びた黒髪が、さらりと頬にかかる。 「だってえ、上靴、だめにされちゃってえ。……メイジェンちゃん今日は激しいねえ〜? あっもしかして生理?!」 「っかー! なんてこと言うある!」 「トエはねー、生理来ないよーっ」 「当たり前ある!」 明るく笑顔で彼女――いや、彼は、そう言い放った。有栖川永遠。男だ。
今にも雪崩が起きそうな書物と書類の山を掻き分けて出来たわずかなスペースで、 回収してきた小テストに目を通していた生物教師・春添逆は、時計を見ようと顔を上げ、 「げっ!」 ぱっと見えたノートパソコンの画面に、思わず手が止まった。 「鹿内先生……何すか、それ」 まるでジャングルのような彼のデスクから、本が2冊ほど床へ落ちる。 「え?」 隣席の男は春添と、自分のパソコンの画面を見比べてから、いつも通り穏やかな声で答えた。 「……次の定期テストの問題用紙ですが」 「あぁ? 早っ!」 ちょうど単語100問テストを作っていた英語教師の梨木アリスは、彼のその言葉になぜか顔を歪め、 向かいのデスクから勢いよく春添の方へ乗り出してきた。2人から同時にパソコンを覗き込まれ、鹿内文人は肩をすくめる。 「3日前なんかに生徒と一緒になって焦りたくないですよ」 喋りながら、キーを打つ指は動き続け、目は画面の中の数字の羅列を、注意深く確認している。 「えーどうしよ、オレも今からつくろうかな」 「あ、僕、名前の欄だけ作って後回しにしちゃうに100円」 「じゃああたしファイルだけ作って後回しにしちゃうに1000えーん」 「……」 じゃあ……やめとこー、と力なく笑い、春添は拾い上げた本を、書物の塔に追加しなおした。
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ROSY ( No.35 ) |
- 日時: 2007/12/19 12:21:46
- 名前: 竜崎総久◆OMBM0w5yVFM
- もし今、誰かが私の耳元で愛を囁いてくれたら。
たとえそれがポーズだとしても、私は従ってしまうんだろう。
あの人に彼氏がいるのは知ってた。 あの人に親友がいるのも知ってた。 私がいくら頑張ったって、あの人の一番になんてなれないこと、もうわかりきっていた。 この恋にゴールも目標もない。……わかってたはずなのに、それを認めるのはどうしても嫌だった。
『めぐみとひとみは、いつまでも仲良しです』 保健室に、『白い本』というのがあった。 自由に生徒たちが書き込みできる、交流ノートのようなものだ。 「5キロやせた」とか「彼氏ほし〜」とか、思い思いの文が綴られている中に、あの人の……岡部めぐみさんと、「ひとみちゃん」の書き込みも、あった。
何で見つけてしまったんだろう。そもそも、友達についていって保健室に行ったのが間違いだったんだ。 あの二人は親友同士。そんなことはわかっていた。 ……でもここまであからさまにやられたら、哀しすぎるじゃないか。 ひとみちゃんに対して甘えたような仕草をする岡部さんと、それに笑って応えるひとみちゃんを思うと、いつだって胸が苦しかった。 私もひとみちゃんみたいに、岡部さんに頼られたかった。
――もう無理だ。 一方通行の愛は、そのうち憎しみに姿を変える。 喜びと悲しみ、羨望と嫉妬、愛情と憎悪。そんなものは、いつだって紙一重なんだから。 私はそのうちひとみちゃんも、岡部さんさえも、憎しみの対象にしてしまうんだろう。 永遠なんてない。寂しいけれど、それが現実なのだから。
私の初恋は、思いを告げる間もないままで終わった。 ……そもそも、始まった瞬間に既に終わっていた。
もし今、誰かが私の耳元で愛を囁いてくれたら。 たとえそれがポーズだとしても、私は従ってしまうんだろう。 また傷だらけになってもかまわない。 今の私を、誰かが癒してくれるのであれば。
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ひぐらしのなく頃に〜夢明し編〜 ( No.36 ) |
- 日時: 2007/12/20 19:54:01
- 名前: 神凪由華
- 参照: http://happy.ap.teacup.com/04260606/
- あれは・・・・。
「魅ぃちゃんの負け〜!!!」 「・・・あれえ?」 久しぶりに・・・否結構負けてるけど、ジジ抜きでは久しぶりに負けた。 「お〜ほほほほ!鬼の魅音さんが負けるとは!今夜は雨が降りましてよ!!」 「罰ゲームはあ・・・・買い物、使いっぱしりなんだよ・・・だよ!」 「そうだなあ〜・・・じゃあ、俺にはのどあめ!・・・喉の調子悪くてな。」 一人ひとつ、買い物内容を言う。 「じゃあ、ボクはキムチお徳用をお願いするのです。」 「わたくしは、シャンプー!果実物語でよろしくですわ!」 「レナは、お漬物用の塩がなくなったから、白田の塩。」 ああ・・・ 楽しい 本当に。 こうなると、何故あんなものを見たのかと 不思議に思うくらいだった。
だが、少女は知らない 知ろうとしていない。 いや、拒んでいる。 『 』を・・・。
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Re: 短筆部文集 3冊目 (行事があってもマイペースに製作中!) ( No.37 ) |
- 日時: 2007/12/22 23:49:52
- 名前: 玲
- 参照: http://yamituki.blog.shinobi.jp/
- ある組織に、凄腕の殺し屋がいると聞いたことがある。
しかしそれも2、3年前の話で、噂では組織に処刑されたと、そう言われていた。
"黒猫"は、驚愕と恐怖と緊張と――三つの感情を持ち合わせた少年にゆっくり近付いていく。 相手が何者か知らなかったとは言え、伝説の暗殺者に銃を向けた自分の末路を、リエンは考えずにはいられなかった。 驚愕で目を見開き、恐怖で水分が頬を伝い、緊張で身が強張る。 銃は盗られたが、腰にまだ剣が残っている。けれど動かない身体には、喩えオリハルコンの武器を持っていたとしても全く意味をなさず。
死ぬことが恐ろしいことだと思ったことはなかった。 ただ最も恐れなければならないのは、自分が死ぬことによって"あの人"のことまで忘れてしまうこと。 "あの人"と過ごした日々の記憶、思い出……全ては塵と化し、風に掬い上げられて消えてしまう。 ……それだけは、なんとしても避けたかった。
死を恐れず記憶の消失を恐れる少年と、伝説と謳われた殺し屋が視線を交じ合わせた。 そして――次の瞬間の"黒猫"の行動は、少年が思っていたこととはあまりにもかけ離れていた。
――は……?
思わず間抜けな声が口から出てしまいそうな程、突拍子のない行動。 "黒猫"はリエンの横を通り過ぎると、そのままベッドにぼすっと音を立てて座ったのだ。 今まで眼前にあった鋭い気配が、今は横からする。 何の真似だと思い、そう尋ねようと唇を振るわせた瞬間、"黒猫"が言葉を放つ。
「こんなとこで何やってんだ? いっくらオレが紳士とはいえ、女に夜這いされたら冷静でいられるかどうか」 「……はぁ?」
今度は嫌でも漏れてしまった。 一瞬彼が何を言っているのか理解出来なくて、凍り付いていたリエンに追い討ちをかけるように彼は続けた。
「それでもいいってんならオレはいいけどな。見たところ上等な美人さんみたいだし? だいかんげ……」
全部言い終えることはできなかった。 その前にリエンの拳が"黒猫"の頭を襲い、皆まで言わせなかったからだ。 わなわなと震える拳を握り締め、リエンは"黒猫"と正面から向かい合う。
「てっめわざと言ってんのか!? どこをどう見れば俺が女に見える!」
言われた本人はきょとんとして、暗闇の中でリエンを凝視する。 それから、本当に今気付いたように、
「……へ? "おれ"? え、まじ……?」
(>>33の続き)
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ひぐらしのなく頃に〜夢明し編〜 ( No.38 ) |
- 日時: 2007/12/24 14:23:30
- 名前: 神凪由華
- 参照: http://happy.ap.teacup.com/04260606/
- もう戻れない
分かっていたよ・・・?
でも、忘れられない。
懐かしさが
こみ上げてきて、涙止まらない。
歪みの中、生きる。
大好きだよ
大好きなの。
だから、すべてを忘れたい。
それでも心は言う事を聞かない。
酷な現実が私に迫った。
++++++++ 「何なのよ・・・・この世界・・・・!!」 その頃、梨花は買い物があると、部活を抜け出し、一人悪態をついていた。 「(何で・・・羽入がいないの!?大体私はいつ死んだのよ!?)」 気が付くと、この世界にいたのだ。 羽入もいない。 死んだ記憶もない。 ・・・・と、なると・・・・。 「最初に変化したのは・・・・。」 冷静になり、思考のパーツを組み立てる。 「・・・・。と・なるとこれは・・・。」 確信。 でも それは悲しい確信。 「・・・・救えなかった世界のかけら・・・・。」 だとしたら。 私がやるべきことはひとつ。 「傍観・・・・・。」
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うざい、うるさい、変な奴、でも無視できないのはなんでだろう? ( No.39 ) |
- 日時: 2007/12/25 19:25:59
- 名前: 春歌
- 高校に入学して、初日に印象に残った人は誰?
っと聞かれると私は絶対に『畑中照』を選ぶだろう
「変な人・・・・・」
第一印象はそれだった やたらかまわず付きまとってくるし なんかうざい人?もしくはうるさい奴
「・・・・・はぁ〜」 「聖ちゃん、、、休み時間だからってそんなに大きなため息;;」
頬突っついて、注意?する友達の姫葵 私は「外田くんのとこ行かなくていーの?」と聞くと すこし頬染めて「聖ちゃん!!」っと怒鳴られてしまった
「いいじゃない♪照れなくても」 「もぉー!!」
この場所に来て本当に楽しい日々を送れた 本当に羽を伸ばせるところに来たと思う 中学校は結構偏見が多かったし・・・・
「で、ため息の原因は彼?」
私の斜め後ろを指差しながらにこっと笑う姫葵 指差した先には左わけのしてある無造作に伸びた黒い髪 奥二重の女子でも憧れるようなつぶらな瞳 制服の上にジャケットを羽織ってる彼
「そ、畑中照」
呆れたように、うんざりしたようにそういうと姫葵は 「ダメだよー?可愛いんだからそんな顔しちゃ」っとすこし怒ったそぶりをしながら言う
「あー・・はいはい」 「そんなに悪い子じゃないよ?照くん」
「なんで?」と姫葵は続けて聞いてくる
「うるさい、うざい、なんかむかつくの三つ」 「うわっひっど〜い♪」
非難の声をかけてくるが笑顔で言ってる所 姫葵もまんざらではないようだった
「なんであんなに騒げるのだろうか・・・・」
そうこぼしたところで休み時間が終わり 姫葵は「じゃぁね?」と言って自分の席に戻っていった
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夜空に散る桜花 ( No.40 ) |
- 日時: 2007/12/26 20:06:21
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- 桜の花が咲き誇り始めたのは、何時頃からだっただろうか。
東国出身の物好きが、教団の敷地に数本、行商から苗木を買い取って数年前に植えたと聞いた。 そして、今。 私の現在を嘲笑うかのように、その花は咲く。
「・・・・・・・・・ちゃん、お姉ちゃん!」 廊下から、無邪気な少年の声が聞こえる。 扉の隙間から顔を覗かせ、無邪気に笑う少年に、私は笑いかけた。 「・・・・・・・・・・・・おはよう、セイ。おいで」 ベッドに上半身だけ起き上がらせて座り、少年に向かって手招きをする。 飛ぶように駆けてきた少年の薄い空色の髪を、私はそっと撫でた。 「今日は随分早いのね。何かあったの?」 問うてみると、少年は顔を輝かせて言う。 「あのね!今日から、任務なんだよ!すっごく遠いけど、ものすごい綺麗な町なんだって!」 きらきらとした無垢な顔で、少年は笑う。 その胸に、ローズクロスを印して。 彼の着る黒衣は、悪性兵器を破壊する力、イノセンスを持つ資格のある、限られた人間だけが着れる物だ。 その限られた人間をエクソシストといい、彼もその一人なのだ。 協力者の下で養子として生きてきた彼が、唯一の肉親である協力者の養母を亡くし、この教団に入団したのは一年も前のことだ。 科学班か何処かへ所属させられる予定だった彼は、偶然エクソシストの資格を持つ者と、イノセンスの番人に診断された。 教団に保管されていたイノセンスの適合者となり、彼は戦いに身を投じた。 幼いながらも圧倒的なシンクロ率を示し、彼の戦いの功績は任務の度に上がってゆく。 彼の存在は、教団内で大きく知られることになった。 ひっきりなしに任務で世界中を駆け回っていた彼も、此処の所は休暇続きで退屈していたそうだ。 好戦的な炎を瞳に宿し、彼は笑う。 「頑張って、戦ってくるからね!」 笑う彼の頬には、引き攣ったような火傷の跡。 初任務の時の戦いで、負ったものだ。 「――――――――――ええ。けれど、約束して」 笑ったその細い体躯を、手を伸ばして抱き締めた。 「必ずよ。必ず、無事で帰ってきてね」 私の腕の中にいる彼には、私の表情はきっと、見えない。 それでも状況を理解したのか、彼は小さく頷いた。 「・・・・・・・・・うん、約束・・・・するよ」 その言葉を聞いてから彼を解放してあげると、彼ははっとなって慌て出した。 「やっばい、もう出発しなきゃ!じゃぁ、じゃぁまたね!お姉ちゃん!」 慌てて走り出す彼を、私は笑って見送った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん、か」
うっすらと、目を細めて。 お姉ちゃん、は彼が私を単に呼ぶために使っている言葉だ。 彼はきっと、真実を知らない。 彼は――――――――――、私の、甥。 私が悪性兵器として蘇らせ、殺してしまった――――――――――姉の、たったひとりの子供だ。 彼がイノセンスの資格者となるなどとは、毛頭思ってもいなかった。 血は争えないと、苦笑したものだ。
何故なら、私も資格者“だった”のだから。
そう、私はかつてエクソシストとして世界を駆け、悪性兵器をこの手で壊してきた。 そしてある敵との戦いで、私は戦う力を失くした。 エクソシストとして最初に壊しかけ、最後の戦いで完全に破壊した――――――――――姉との、戦いで。
彼のふわりとした髪の感触が残る掌で、ゆっくりと右足に触れる。 触れた足に、最早感覚など無い。 悪性兵器の呪いの象徴であるペンタクルの印が、皮膚が変色して見えるくらいに埋め尽くされているだけで。 姉は、私が破壊した。 私が弱かったせいで苦労して生き、死んだ後も私が弱かったせいで蘇り、苦しんでしまった。 その咎は、この両足。 戦いの後、両足の感覚が無くなったと思ったら、そのまま意識を失った。 再び目覚めたとき、私はもう立ち上がることも出来なくなっていた。 仲間と共に戦えいないことは申し訳無いけれど、悔やんではいない。 咎を受け、安心しているのかもしれなかった。 私の周りで、皆、皆苦しんでいるのに。 それを与えた私には、何の罰も下されない。 そんな罪悪感は、もう要らなかった。 足りないことは解っているけれど、この両足で、少しでも咎を受けたことになるのなら。 それで、良かったのだ。
夜風が静かに吹き、伸ばし続けている黒髪が揺れる。 風に乗せられて、桜の花弁が一枚、部屋の窓から舞い込んできた。
―――――――共に戦った仲間たちは、今も戦いに身を投じている。 彼らが今どうしているのかは知らない。身動きの取れない私は教団内の人間と話をすることは殆ど無く、そのころにはもう古くなった情報がセイとの会話によって入ってくるだけだ。 異世界から来たと語るある友人は、元の世界へ帰っていった。 彼自身の、己の罪を清算するために。 そして、再び帰郷し―――それは秘密裏の帰郷だったのだが―――私の部屋を訪れ、また新たな世界へと、旅立つと告げた。
『――――――――――必ずだ。 ――――――――必ず、帰ってくるから…絶対に思い出せよ、“あいつ”を』
彼はその言葉を残して、去った。 “あいつ”、というのは、どうやら私にとって、とても重要な人らしい。 姉との戦いの際か、両足の呪いの影響か。 私の記憶には、色々と欠陥があるらしいのだ。 けれど私は、その人を知っている気がした。 とても、とても近しい人だった。記憶に無いのに、脳裏に焼きつく残像。 心に誓った。――――――――――彼を、いや、彼女を、待ち続けると。
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牢に閉ざされし桜花 ( No.41 ) |
- 日時: 2007/12/26 20:08:30
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- 頭の隅で、澄んだ音色がした。
凍てつく氷上に打ち鳴らされる、鍵の落ちる音。 瞬時に、視界が変わる。 教団の私室だった場所は、瞬時にして真っ白な氷室に変わる。
「――――――――――この世は泡沫(うたかた)。この世は現(うつつ)。
恒久の安寧が続く戯曲に、人は気付かない。
永久(とわ)の凍土を溶かしましょう。
永遠の氷室に閉ざされた、悪夢の記憶を」
「…鍵人」 じゃらじゃらと鍵を鳴らしながら、詠うように呟く人影に、私はその名を呼ぶ。 「御機嫌よう、御客人」 名を呼ばれ、人影が仰々しく一礼した。 鍵人。それが、彼の通り名だ。 夢と現と幻の狭間の、氷に閉ざされた世界――――――――――<久遠氷牢>(くおんびょうろう)。 彼は此処の守護者なのだ。 ――――――――――そして、囚人でもある。 人、世界、星――――――全ての記憶を封印し、牢に閉じ込めるという、<久遠氷牢>の牢屋主であり、管理人であり、守護者だ。 私は以前、この牢を使用した。 任務先で出会った、家族と周囲の人間全員を目の前で悪性兵器に惨殺された少女の記憶を、ここに封じたのだ。 「逃げ」かもしれないが、幼すぎる彼女には、それが幸せだろうと私が決めた。
「またのご訪問、有難きこと。
――――――――――さぁ御客人、貴殿は再び何をお望みになる?」
営業用の微笑みを絶やすことなく、<鍵人>が告げる。
「そうね、じゃあ――――――――――」
氷室に座り込み、感覚の無い脚に、そっと触れて。 私は告げた。
「封印」するべき、「牢」に捉えるべき、それを。
「…………………骨の折れる作業で御座いました。御客人も、大層な望みをお持ちだ」
カチリ、という小さな音がして。 氷の壁に鍵がかけられ、新たな牢が出来上がった。 引き抜いた鈍い金色の鍵に刻まれた文字は、「ミユラ・アレスラ・ハロルド」。
「…………御客人、貴殿も数奇な人生の持ち主でおられる。
小生もなかなか、貴殿のような人にはお会い致しません。
御客人、小生の仕事は、これで完了で御座います。…………本当に、大層なお望みで」
くすくすと営業用の微笑みを崩し、<鍵人>は少しだけ愉快そうに笑う。 牢の前で一礼すると、<鍵人>は立ち去った。 そうして氷室の奥に、牢がぽつんと、残された。
『――――――――――――――――――――咎を犯した…私自身の、凍結を。私の生きた世界での、最低限での私の存在の、封印を』
牢の中に、小さな影一つ。
咎を犯し、自らの体躯を呪いに染めた、小さな影。
舞い散る桜の花弁に包まれ、影は眠る。
「…………………前代未聞で、ございますねぇ」
彼女は――――――――――「己」そのものを、氷牢に封印した。
この世は泡沫(うたかた)。この世は現(うつつ)。
己の咎を閉じ込めて、己の過去を閉じ込めて、己の生を閉じ込めて。
少女は微笑み、白銀の世界で、暫しの眠りにつくのです。
少女の牢の鍵は、彼の人の手によって開け放たれるのでございましょうか?
さぁ、貴殿の――――――――――閉じ込めたい記憶は、如何様に?
―――――――――――――――――――― (>>40の続き)
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雪は昔語りをもたらす ( No.42 ) |
- 日時: 2007/12/27 01:10:26
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- それは、雪の降る街へ任務で行っていた時のこと。
「う゛ぅー、さみぃ……」 吐く息も白く濁るその街は、本部の存在する場所よりも南、本来なら滅多に雪が降らない場所に存在していた。 師走であってもよほど冷え込まない限り雪はなく、降ることがあっても積もることのない場所。 そう、聞いていたのに。
「…………めっちゃくちゃ吹雪いてますがな」
窓の外は異常気象とも取れるほどに吹雪き、視界を真白に染めてしまっている。 いきなり到来したこの吹雪に、急遽街の人々は暖を必要とした。 けれど元々は雪の降らない場所。暖を取るような物がある場所は限られており、人々はそこへ集団避難を余儀なくされていた。 教団の支援者が住んでいるこの屋敷もまた、その一つ。 どうやらこの屋敷、支援者の先祖が何処か北方から移築したのかそれとも建築様式が気に入って真似したのか、大きな暖炉が各部屋に一つずつ配置されている。 お陰でこの屋敷へ避難してきている人達にはプライベートという物が保たれているのだが。 「なんというか、物好きだよなぁ……」 「ふふっ、そうかもしれませんね」 声と共に、かちゃり、という扉が開く音がした。 部屋に入ってきたのは長い黒髪を首の後ろで結んだ青年。この屋敷の主人だ。 彼の手には銀色のトレイにのった二つの湯気を上らせたティーカップがある。 「もしくは、こうなることを知っていたのか」 部屋の真ん中に置かれたティーテーブルにトレイを置くと、彼はカップを一つソーサーごと持ってこちらへやって来た。 「窓の近くは冷えるでしょう。どうぞ」 「……すみません」 いいえ、と彼は軽く首を振ると、カップを手渡してくれる。 一つ礼をして受け取れば、それは冷えた手にとても温かな温もりをくれた。 窓の外は相も変わらず吹雪いていて、五メートル先の景色すら見えない。 たとえ晴れていて景色が見えたとしても、白で彩られた煉瓦造りの街並みがあるだけだろう。 カップを傾け、温かな紅茶を口内に流し込めば、鼻に抜ける紅茶の香り。 味と共にそれを楽しんでいると、紅茶の温かさはいつの間にか身体を温めてくれていた。 「…………ねぇ、ファインダーさん」 窓の外を眺めていた彼が声を掛けてくる。 彼の方を向けば、自分の分のカップを持ったまま窓の外を見つめる姿があった。 「これ、イノセンスの奇怪だと思います?」 「……本部はそう判断しています」 だからこそ、オレ達は派遣されたのだ。 イノセンスの奇怪である可能性が高い。AKUMAが現れる可能性も高い。 街の人間を護り、イノセンスを回収する。その為にオレ達は派遣された。 ただ、戦闘向きのエクソシストはまだこの街にたどり着けてはいない。この吹雪で足留めされているのか、はたまた別の任務があるのか。 けれど幸い、AKUMAもまだ現れたという情報はなかった。 「いいことを教えてあげましょうか、ファインダーさん」 「はい?」 にこり、と笑みを浮かべた彼は、昔話ですよ、と小さく呟いた。 どうやらこの街に伝わる昔話を聞かせてくれるらしかった。
「この街で雪は、魔物から街を護ってくれていると昔から言われているんです」
だからもしかしたらAKUMAが出ないのも、そのお陰かもしれませんね。 そう言って彼はカップを受け取ると、失礼します、と言って部屋を出ていった。 もしも彼の言った昔話が本当だとしたら、やはりここにイノセンスが存在するという可能性が高い。 紅茶のお陰で芯から温まった身体をもう一度窓の方へ向け、異変がないか探し始める。 それしか、オレに出来ることは無いのだから。
やがて、吹雪の向こう側に人影が見えた。
この街の人間は恐らく、先程の昔話が影響して吹雪の中外へ出ることはないだろう。 否、普通の人間だとて吹雪の中を好きこのんで歩くわけがない。 ならばあれは、今到着したエクソシストに間違いはないだろう。 そっと小さく溜息を吐き、胸の前で十字を切る。 「……血の気の多い、ユウみたいな奴じゃありませんように」 本人が聞いたら間違いなく激怒して抜剣するだろう事を呟きながら、部屋の扉を潜り、玄関へと向かう。 吹雪いていて視界は最悪だが、何とかなるだろうという楽観的思考で玄関扉を開け、外へと身体を踊らせた。 扉を抜けたオレの目の前には、吹雪によって真白に染まった視界しか存在しない。 この中で顔も解らないエクソシストを捜すのは大変だが、仕方がないだろう。 覚悟して何メートルか前へ進んでいくと、風が段々と弱まってくるのを感じた。 吹雪の勢いが弱まっているわけではない。足を止めていれば風の強さは一定だ。 ならば何故。 更に足を進め、先程の屋敷から十数メートル離れると、漸く先程窓から見えたものと同一だろうと思われる人影が見えた。 ホッとして近寄れば。
そこには透き通るような銀の短い髪に蒼い瞳を持った、白と水色の夏に着るようなワンピース姿の少女が立っていた。
――――――――――――――――――――――――― (>>43へ続く)
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雪は出会いをもたらす ( No.43 ) |
- 日時: 2007/12/27 23:08:06
- 名前: Gard
- 参照: http://watari.kitunebi.com/
- 静かな瞳を持った少女だった。
オレを見て驚かないどころか、全くその瞳の色は揺らがない。それどころか、何処か表情が抜け落ちているような感覚さえする。 少女との距離は約六メートル。本来ならこの吹雪で表情などを視認できる距離ではない。 だが、何故だろうか。少女の半径約十メートルほどの範囲に降る雪が、吹く風が、避けていっているのだ。 柔らかな風が少女の銀髪を揺らす。 きらきらと輝いているそれは銀糸のようで、心地よい手触りを与えてくれそうに見えた。
「誰」
と、凛とした声が届いた。 おそらくは少女の声だろう。簡潔なそれに僅かに眉を顰めてしまう。 オレの背後では相変わらず吹雪が猛威を振るっていて、強風が唸り声を上げている。 それなのに少女の声は掠れることなくこの耳に届いてきたのだ。 まるで少女の声だけが別の次元にずれているかのように。 兎に角答えるために口を開いた。 「ええっと、この街に来た、ファインダーだけど……」 オレの声が届いたかどうかは解らなかった。何せ背後は風の唸り声だ。 自分ですら自分の声が上手く聞こえない。 けれど、そんなのは杞憂だった。 「ファインダー?…………つまり、この街の外の、人」 少しだけ小首を傾げた少女はそれだけ言うと、じっとオレを見つめてくる。 その視線に耐えきれずに顔を逸らそうとして、気付く。 「……って、キミ! 風邪、風邪引くからっ!」 少女の格好はこんな猛吹雪の中でするような物ではない。 白と水色の二色使いされたワンピースは明らかに夏物で、寒さを凌げるとは思えなかった。 慌てて背負っていたバックパックから予備のファインダー用コートを取り出すと、少女の方へ駆け寄ってその肩に掛けてやる。 大きいのか、足首辺りまで来た裾に少し視線を落とし、少女は僅かに眼を細めた。 つられて視線を少女の足下に落とし、驚愕した。
「は、裸足ぃっ!?」
少女は何も履いていなかったのだ。このままでは間違いなく凍傷になるだろう。 兎に角暖かいところへ向かおうと少女の白い手を掴むと、こんな吹雪の中で立っていたにも拘わらず、とても温かかった。 まるで少女自身が発熱しているかのような、そんな感覚。 馬鹿げた考えだ、と思い、少女の手を引き屋敷へと戻る。その間中、少女とオレの周りは殆ど風と雪の影響を受けなかった。 屋敷の扉を開け中に入り、少女の手を引いて先程までいたオレに宛がわれた部屋へと向かう。 部屋に入ってまず、オレは少女を椅子に座らせ、荷物の中から乾いたタオルを取りだした。 「そんな格好で、しかも裸足であんな吹雪の中にいるなんて、自殺したいのか?」 ブツブツと呟きながら少女の白い足を手に取ると、雪に触れていたというのに全く冷たくなっていない。 そして、思ったほど雪で濡れていなかった。 少しだけ呆然としてしまう。 だってそんな人間がいるのだろうか? 否、普通はいない。 けれど、オレは似たような体験を何度かしているのであまり驚くことはなかった。 驚きの少ないオレはすぐに我に返り、少女の足を拭いていく。 それに疑問の声を上げたのは少女だった。 「…………怖がらないの?」 「どして。そう言う人間がいるって事、オレは知ってるからね。怖がらねーし、驚かねーよ」 「……変なニンゲン」 「あん?」 少女のイントネーションが少し、おかしかった。独特な訛りを持っているかのような、そんな感覚。 もしかしたら少女は何処か別の国の出身なのかもしれない。 例えば、ユウのように。 そんなことを考えていると、少女はオレをじっと見て口を開いた。 「名前」 「へ?」 「あなたの名前」 どうやら自己紹介を求められているらしい。そう言えば名前を言っていなかった、と思い至る。 普通は初対面の、しかもあまり関わらないような少女に名乗るなんて事はしないのだけれど、この少女に対してはどうやら例外らしかった。 自分はどうしても甘い部分があるようだ。 「……あ、ああ。オレはキト・ザライカーだよ」 「私はハルカ」 ハルカ。響きからするとユウと同じ日本の名前に近いだろうか。 けれど、日本人、というか東アジア系の人間は殆どが黒髪黒瞳だったはずだ。 明らかに少女の持つ色とは正反対と言ってもいい。 「キト、あなたはどうして外に出たの。雪が降っているのに」 思考を中断させるようにハルカが言葉を紡ぐ。 それに軽く肩を竦めてオレは答えた。 「そりゃ、人影が見えたからな」 オレの言葉にハルカは僅かに眼を細めた。 「この街に伝わってること、聞いてないの」 「聞いたさ。雪は魔物から街を護ってくれるんだろ」 先程この屋敷の主人から聞いた昔話を思い浮かべる。 けれど所詮、それはただの昔話だ。イノセンスに繋がっているかもしれないが。 兎に角、魔物なんてモノは存在していない。 たとえAKUMAが存在していても。
「その魔物を連れてくるなんて、馬鹿」
ハルカが呟いた言葉に、オレは固まった。 だってどう見ても彼女はただの少女で。 そりゃあ寒すぎる格好をしていたとは思ったけれど、どっからどう見てもただの人間で。 なのに、どうして自分のことをこの子は魔物と言っているの。 淡々と感情のない瞳でオレを映すハルカは、相も変わらず無表情。 何処かに表情を、感情を置き忘れてきてしまったのでは、と思わず心配したくなる様子である。 ああ、自分は現実逃避をしようとしている。 何とか頭を働かせ、オレは口を開いた。 「ど、うして自分を魔物だ、なんて言うんだ」 「だって、その昔話は私を見たこの街…………この村の人が言ったことから出来たから」 何を馬鹿なことを、と言いかけた口は、けれど言葉を紡ぎ出してはくれなかった。 ハルカは真剣だった。冗談なんかは言葉にも瞳にも宿っていなかった。
なら、一体彼女は何歳だ。
とりあえず落ち着こうと、オレも椅子にどかりと座り込んだ。 椅子に座ったまま大きく深呼吸をする。吸って吐く。吐いて吸う。繰り返す。 繰り返しているうちに、冷静になった頭が昔の記憶の断片を持ってきた。 「………………異界渡り、の一族?」 「正しくは、『名も無き一族』」 ハルカは兄貴――――――――時人兄さんとリリザートと同じ力を持った少女、だった。 時人兄さんもリリザートも、世界を渡る力を持っている。そして、世界の理に干渉する力も。 それならハルカの周りを風と雪が避けた理由も、寒そうな格好をしていても大丈夫な理由も、昔話の元になったという話も納得できる。 つまり、オレ達とは元々のスペックが違うのだ。 溜息を吐いて椅子にずずっ、ともたれ掛かる。 「知ってたの」 「…………時人兄さんとリリザートから聞いた」 「……時人。クロスさんの息子、ね」 「……………………知ってるんだ?」 「私の……お父さんの弟の息子さん」 どんだけ複雑な知り合い関係だ。 まだ知り合いの知り合いと言われた方が解りやすいと思う。 それにしても、初めて時人兄さんの家族構成を知った。やはりオレは義兄の家族関係を把握できていないらしい。 まぁ、あまり知りたいとかは思わないのだけれど。 カタン、とハルカが椅子を鳴らして立ち上がった。 ゆるゆると顔を上げてハルカを見上げれば、その瞳に僅かな困惑の色を浮かべ、彼女はオレの頬に温かな手を伸ばしてきた。 その行動を見守っていると、柔らかなハルカの手が頬に触れる。 「…………………………………………解らない」 なにが。 そう、聞こうとした。 口を開こうとした瞬間、その言葉はハルカの言葉で頭の中から掻き消された。
「キト、あなた、どうして死んでいるのに生きているの」
頭が真っ白に染まった。
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