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Pastel Life*
日時: 2008/11/07 17:42:24
名前: 沖見あさぎ








桜舞い散る出会いの季節。
まだ透明な僕らの、
あわい色の物語が始まる。







Pastel Life*
メンテ

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紫 / 北崎紫帆 / 01 ( No.10 )
日時: 2008/11/29 20:17:27
名前: 沖見あさぎ




校庭の桜が満開らしい。
東校舎の改修工事が終わったらしい。
また校長の頭髪が薄くなったらしい。
隣のクラスに転校生が来たらしい。
新入生が来たらしい。
学年がひとつ、上がったらしい。

そんなことにはあまり興味はなくて、みんなが息を張り詰める入学式だって退屈極まりなかったし、新しいクラスになったといっても私の場合去年と同じ2組で担任は変わらないから新鮮味がなくて。
窓際から二列目の一番後ろ、隣の男子が不登校状態なプラチナ席になったことは嬉しかったけど。
昼間の世界は、いつもと変わらず穏やかで、緩慢で、どうしようもなく退屈だ。
私は、陽が落ちるのを見ていると心が躍る。
濃い夜の色に染まっていく空を見ると、なにか焦りのような感情が心に生まれる。(早く、早く早く。)


夜になって、と。




「あ!紫帆、きた」

待ちに待った夜になってからいつもの公園に行くと、いつものメンバーがいつものスペースで、いつものように私を待っていた。
其処は私の家から少し離れただだっ広い公園で、子供が遊具で遊ぶというより何か催しがあるときに使われるような公園だった。
頼めばテニスコートも利用できるし、端っこにはバスケのゴール台も備えてある。
そんな場所だから、夜になると其処は若い人たちで溢れかえる。
ベンチでカップルがいちゃついてたり、酔っ払った男の子たちが大声で喋ってたり、スケボーやらダンスやらバスケやらのグループが固まって遊んでる。
私たちはその固まりのひとつだ。

私に一番先に気づいたのは、友達の幸乃。甘いようなチェリーブラウンの髪を腰まで伸ばした吊り目の女の子。中学のときの同級生だった。
それにつられて他の子たちもこちらを向いた。その向こうでまた仲間が踊っている。20歳を越えたお兄さん組だ。
私たちのグループは年齢層が広く大規模なのが売りで、年長さんは実際どこかの大会でいい成績を残したりした実力者もいる。
「ごめーん、入学式の後片付けに駆り出されてまーした」
「うわ、めっちゃざまぁ」
周りにいた男の子が口悪く言って爆笑する。
薄暗くて見えないけど、みんな暖かく笑っているのがわかる。
闇の中は、気を使ったり、取り繕う必要がない。
そういう空気が此処にはあった。だから、すき。
「よっしゃ、紫帆も来たことだし俺らも始めるか」
「ヒナタは?」
「知らねー。千景に捕まってんじゃね?」
「なるほどぉ」
「えっ、千景くん来るの!?」
「んなことゆってねぇよばか」
わらわらと、花壇の縁に座っていた数人が立ち上がって広がり始める。
私も笑ってそれに倣おうとした、そのとき。

「……あれ、あの人たち昨日も来てたっけ?」

視界の端に映った違和感、それを拾って呟くと、近くにいた金髪の男の子が、ああ、と返してくれた。
「今日はじめてだよ。あのストリートバスケの連中だろ?立花さんに聞いた話、色んなとこを転々としててさ、こっち出てきたんだってよ」
「…ふーん」
何気なく返しながら、私は少し遠くでボールと戯れる男の子たちを見ていた。
とても真剣で、楽しそうで、眩しかった。

私たちと同じ空気を感じた、のは、気のせいだろうか。



その日は結局「彼」らと言葉を交わすことはなく、その時点で私は「彼」のことなんか知らなかった。


だけど、心の奥底で、何かが始まりを告げる音が聞こえて。


それは心地よくて、柔らかな音だった。


そして、高揚もあった。



──…まるで、空が夜の色に染まっていくのを見たときのように。





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紫 / 鬼塚神月 / 02 ( No.11 )
日時: 2008/11/29 21:53:44
名前: 飛亜
参照: http://treesweet.jugem.jp/

「あっ神月来たっ!」
「おっせーよ神月ぃ!」
「悪ぃ悪ぃ!」

黒髪に赤紫のメッシュ。紅い瞳に左目の眼帯。

鬼塚神月、16歳。今年で高2。

「また翼十兄に頼まれて?」
「…あぁ」
「はははっ翼十兄マジで最高!あのSキャラ俺好きだわ」

来崎が笑いながら神月を見る。

「さて、始めますか」
「何やる?」
「やっぱ来崎の特訓だろ」
「え、なんでだよ?」

来崎が納得できないとばかりに突っかかる。あぁ、これが典型的な不良なんだなと神月は思った。

「来崎さぁ、シュート成功率は高いけどその分捕られる確率も高いよなぁ?」
「う゛」

同じチームの鈴原につっこまれると、来崎は汗を垂らしながら苦笑する。

「はいけってーい、今日は来崎のとっくーん」
「えぇ――!?トウヤの意地悪ー!悪魔ー!!」
「悪魔で結構」

ピシャリと来崎の言葉を跳ね返す。

「んじゃ特訓開始ー♪郁真ー頼んだ!」
「うん…」

ニット帽に黒いサングラス。黄色と黒のジャージ。DJ担当の郁真だ。そして音楽が鳴った。キュインと手を動かすその様は天才ともいえる。


「そういえばさ、神月」
「ん?」

プレイしている途中、如月に声を掛けられる

「お前さっ、いつまでその眼帯してるわけっ?」
「あーこれ?外す気無いっ っと!」

ガコンと鎖で出来たバスケットにボールが入る。同時にジャラッと音が鳴る。

「くっそーまた捕られたーっ!!」
「甘いな来崎!」

同じチームの秋月が笑っている。

「くそっ 俺より小さいくせにっ!」
「なっ、何だと!?」
「こらこら喧嘩すんじゃないっ!」

如月が来崎と秋月の喧嘩(未遂)を止めに行く。子供っぽくてアホらしいなと思っていると、視界にダンスしているチームが目に留まった。

「なぁ、トウヤ。あいつらって…」
「あーあのダンスチーム?此処を拠点にしてるらしいぜ?…なに?興味ある?」

トウヤがニヤニヤしながら神月の肩をポンと叩いた

「…別に」

一言呟くと、来崎の特訓を再開した。だけど、あのダンスチームが気になって。
俺の気に入るプレーが出来なかった。…他の奴らはいいプレーだって思ってるみたいだが。





「ただいま…って兄貴いねぇ」

自宅のマンションに戻ると、誰もいない。何の音もしない。飼っている犬も既に眠っていた。

「…まぁしょうがないか。バイト、忙しーんだろうし」

そのままソファに座り込む。と同時にメールの着信音が鳴った。かったるそうな顔で携帯を開いて見る

「…皇月か」

メールの内容はこうだ


【神月君、新学期ぐらい学校に来れば良かったのに。
 神月君は2組だから。えれなちゃんと同じだね。
 それじゃ、明日は学校に来てね      綺羅】


『えれな…あぁ皇月の親友だっけな。確か苗字は羽月だった気がする…』

すると自然にうとうとし始めて。そのまま眠りこんでしまった。
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黄 / 小早川隼 / 02 ( No.12 )
日時: 2008/11/30 11:53:30
名前:

「アルマゲドンだっけ?スターウォーズだっけ?」

駅前のレンタルショップ。
「人気映画」の棚の前で話し込む自分に向けられた店員の視線が、いい加減気になってきた。

『マトリックスだってば。』

電話の相手は我が家の自由人もとい兄の睦。実の妹を使用人の如くこき使うなんともサディスティックな男である。
おお、マトリックスか。と手にあったスターウォーズを棚に戻し、改めて正解を取った。

「でもなんでいきなり映画?興味なかったじゃん今まで。」
『“お喋り”の話題に好きな映画ってよくのぼるんだよ。有名なやつだけでもちゃんと観といた方がポイント高いっしょ?』
「それでハムナプトラか。」
『いや、だからマトリックスね。』

とにかく目当ては決まったので、レジに急ぐ。
ただパシられただけというのは癪に思い途中の棚で見つけた「吉本厳選ライブ2008」を混ぜた。レンタル代はもちろん睦持ちだ。

「じゃ、そろそろ切るよ。オ仕事頑張ッテ下サイ。」

店を出ればチャリに乗らなければならない。こっちには運転しながら話す内容も気もない。さっさと切ろうと耳からケータイを話す。

「あ、今日やっぱり夕飯いらないって母さんに言っといて。」

言い忘れていたらしい伝言は、切る前にギリギリ耳に残った。




「睦、やっぱメシいらないってさ。」

帰宅するなり真っ直ぐキッチンにいる母のもとへ向かい、伝言を伝えた。
「あら、困ったわ。大目に作っちゃったのに。」とさほど困っていなさそうに返す母と
「隼。メシじゃなくてご飯だろ。」と新聞に目を通したまま細かいチェックを入れる父。
母の方は別段変わった様子はないが、父の方は明らかに不機嫌なようだった。
父は母にベタ惚れ。だから母を困らせると息子相手でも容赦なくヘソを曲げる。そういう人なのだ。
それに父と睦は何かと衝突することが多い。
ああ、なんでまた今日に限って夕飯いらないとか言うかなぁ。

タイミングの悪さに溜息が出た。と、同時にいい考えも浮かぶ。
父の機嫌が一発で直る、小早川隼最強の切り札(と言っておくがまだとっておきはあったかもしれない。忘れた。)

「じゃさ、じゃさ、きーち呼ぼうよ。」

父と母の顔を交互に見ながら、最善の選択肢を上げる。

「隼。きーちじゃなくて喜一くんだ。」

これまた細かい訂正を入れてきたが、表情はどこか嬉しそうだ。
それもそのはず。うちの家族はみんなきーちこと幼馴染の小野里喜一を家族の一員のように可愛がっている。
かくゆう自分も喜一のことは好きだ。物凄くいいヤツだし、一緒にいて退屈しない。

「そうね、そうしましょうか。喜一くんにメールしてくれる?」

はいよ、なんて気の抜けた返事をキッチンに返して、簡素な本文を打った。
絵文字は使わない。時間がかかるし面倒だしなにより、早打ちの喜一相手じゃそこまで指が回らないのだ。
送ってすぐ、「今から行く」というような返事が返ってきた。早い。

「…女子高生かっつーの。」

呟いてから「あ、自分が女子高生なんだっけ」と今更思い出した。
まだ中学生のままの意識に思わず苦笑いしたのと、家の呼び鈴がなったのはほぼ同時で
お互いの家の近さを再認識。フローリングを滑って玄関に向かう。

「おー、いらっしゃい。あがってあがって!」

そして開けたドアの先に立っている、見慣れた顔を我が家へ招き入れた。
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緑 / 平塚千歳 /01 ( No.13 )
日時: 2008/12/09 22:22:40
名前:
参照: http://blackaliceblack.blog116.fc2.com/


春を感じさせる暖かい風が、美術室を吹き抜けた。薄黄色のカーテンが揺れて、窓の向こうには散り始めた桜。
筆を動かす手を休めて、穏やかな午後の風を感じる。

ふと、どこからかピアノの音色が聴こえてきた。
この付近でピアノのある場所―――音楽室は美術室の真上にある。
聞き覚えのある、繊細で美しい、その旋律。

「………月の光、」

ドビュッシーのベルガマスク組曲、月の光。

幼い頃に興味本位で始めた習い事の一つに過ぎなかったピアノは、いつしか真剣に取り組むようにになっていた。
それも、この曲に出会ったからだ。
静かな夜半を連想させる、優しい夜想曲―――月の光。

今日は入学式と始業式で、吹奏楽部は休みのはず。…だとしたら、ピアノ好きな誰かが練習でもしにきたのかもしれない、と思いつつ、意識は完全にその旋律に引き込まれていた。
運動部の喧騒が、遠く聴こえる。
やがてその音色は唐突に止み、音楽室から出てきた弾き手が階段を駆け下りていくのが聴こえた。


再び美術室に静寂が訪れても、頭の中からあの美しい旋律が消えることはなかった。




「はーい、じゃあ委員長と副委員長を男女から一人ずつ選出するから、お前ら話し合えー」
始業式も終わり、新しく編成されたクラスでのロングホームルーム。
顔見知りの女子達と適当に仲良くなった。
その女子達はどちらかといえばリーダー格な立ち位置で、委員長のいない今の時点では必然的に彼女達が仕切ることとなる。
赤茶けた髪を長く伸ばした女子が、面倒くさそうに言う。
「もー、話し合いとかダルくね?さっさと決めよーよ」
だよね、と周りの女子も賛同して、自分も適当にそれに合わせて頷く。
先程の発言者の女子はああ、と嬉しそうな顔をして、ぐるりと濃くアイラインの引かれた目をこちらに向けた。
「ちとせがいるじゃーん!千歳、前も委員長だったんでしょ?ね、千歳やりな!」
けらけらと笑いながら言う彼女に、他の女子達は一斉に賛同しだした。
―――そうだよ、千歳面倒見いいし!
―――絶対うまくやれるって!
―――つか千歳しか適任いなくね?
口々にそれらしい理由を言っては、千歳の方を向いてお願い!と手を合わせる。

(―――馬鹿馬鹿しい)

みんな自分が面倒な役割を背負いたくないだけでしょう。あたしに放れば丁度いいと思ってるんでしょう。
千歳は心の中で悪態をつきつつ、表面上は「えー、あたし?」と困ったように言い繕う。
全てが馬鹿らしかった。面倒見のいい人にこういう役を任せれば万事解決と思ってるやつらも、雰囲気を壊したくなくてきっぱりと断れない自分も。

(―――あたしは怖がってるだけだ。臆病なだけ。またあの時みたいになるのが、怖いだけ)

中学の時のような惨めな思いはしたくなかった。それでもプライドだけは人並み以上な自分も大嫌いだった。
高校になって、明るいキャラを演じたのが間違いだった。
場の雰囲気を壊すのが怖くて、頼まれれば何も断れない。
いつしか、何でも頼めばやってくれる、という厄介な役回りになってしまった。

(―――馬鹿馬鹿しい、)

ピアノの音が止まない。脳内で何度も何度も繰り返し反芻される―――月の光。
美しい旋律。自分のように醜くない、穢れをしらない、あのメロディー。

中学二年生の、ピアノを突然辞めてしまったとき、最後に弾いていたのはショパンの革命のエチュードだった。
『―――あなたは何と、戦っているのかしら。何に革命を起こそうと、必死になっているのかしら』
拳を振り上げながら、泣いているみたい。
ピアノの先生にそう言われ、そのままピアノを辞めてしまった。
あまりにも、確信を突いた言葉で。―――怖くなって、逃げ出した。
それからほとんど、ピアノに触れていない。ずっとそうして、避け続けていた。

「ねぇ千歳、お願いっ!」
「…もう、しょーがないなぁ。やってあげるわよ、委員長」
「やったー!さっすが千歳!」
笑顔を造るのももう慣れた。嫌気が差すけれど、直す気はさらさら無い。
罪悪感ももう消えた。人前で本音を出さないのも、平気になった。
誰かを信じるから傷ついてしまう。それなら、誰も信じなければいい。
歪んだその感情を、誰にも気付かれないよう、生きてきた。

(―――ああ、)

月の光が、あの旋律が、大きくなる。
繰り返し、繰り返し頭の中で流れていく。
きっとあの弾き手は、美しい心のひとで。
穢れを知らない、きれいな心のひと。

「あ、男子の方も決まったみたいね?」
女子の一人がそう言って、視線が自然とそちらを向く。
男子の集まりの中心にいる、注目を浴びる男子が副委員長らしい。
友人らしき人に促され、渋々といった体で立ち上がる。
ゆっくりとその男子が、こちらを振り向いた。

(―――ああ、)

月の光が、
月の光が、

大きくなる。



―――視線はそちらを向いているのに、頭の中は美しい旋律でいっぱいになって、鳴り止むことはなかった。




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青 / 東谷ルル / 03 ( No.14 )
日時: 2008/12/11 17:42:35
名前: 色田ゆうこ

 
「……東谷?」

 瞬間、きつく心臓がはねあがり、じわ、と背筋が凍る。気付かれた、と思った。
 見ていたことに。……気付かないふりをしていたのに。かちりと合ったままの目をそっとそらす。手が熱い。
「早く帰れよ。また明日。」
(あ、)
 さようなら、と返そうとして、何故か唇を引き結んでしまう。
 返事を待たずしてぴた、と案外静かにドアが閉められる。あたしは思わず、そのガラスを覗き込んだ。
 真山先生のデスクが丁度見える位置にある。じっと目を凝らして、その手元でひっくり返されたものを認識しようと躍起になる。
(……はがき?)
 自分でもよくわからないまま疑問詞が頭をまわる。
 何故だか、それを渡していた女の子の姿が浮かんできた。親しくて、随分と慣れた様子が思い出される。
 
 
「――ちょっと?」
「ぎゃあっ」
 いきなり耳元で聞こえた声に飛び上がった。反射的に振り返って、
「!」
 ――――ぼんきゅーぼん、
 ぽんと浮かんだその言葉を必死にかき消しながら、あたしはその人から目が離せない。
 彼女は片眉を少し上げてから、唇を笑みの形に曲げた。
「あら、もしかして新入生? ウチの職員室は自由に入って大丈夫よ?」
「あ、…や、いや! べつに何もないです、」
「そーお?」
 じゃあごめんね、と微笑み、その人は職員室に入っていった。
 白衣、だ。保健の先生かな、と、やっと頭が落ち着く。
 なんだか心臓に悪い笑い方だ。しかし、一方で感動して高まる気持ちが抑えられない。
(ってか…)
 職員室の奥に進んでいく白い背中を見ながら、そっと俯く。そしてうわあ、と思う。

(いや、比べちゃいけない、比べちゃ…)

 軽く眩暈すら覚えながら、人口密度の低い廊下に、訳も無くあきらめに近い感情を抱く。

(帰ろう、)
 あたしはゆっくりと、薄暗い橙に染まる廊下を歩きだした。
 ――ふと携帯を出してみると着信が入っている、アニキ、躊躇いもせずに通話ボタンを押す。
(……あ、あんま堂々と使ってちゃいけねーんかな)
 携帯を耳にあてながらそう思って、急いで靴を履き替えて外に出た。聞きなれた男の声がルル、と耳元で囁く。



「アニキ?」
「ルル、お前なあ、自分で迎え頼んどいていつまでアニキを待たせる気なんだよ」
「もーアニキ気がみじけェんだって! 今すぐ行くからっ、どこ門?」
「……え、んー、チャリ置き場のまん前の門」
「……チャリ置き場のまん前?」
 北門かな、と思いながら小走りになる。自転車置き場を抜けると、ルルと同じように今帰ろうとしている自転車通学の生徒達が、
 何やら迷惑そうな顔をしながら北門をよろよろと進んでいくのが見えた。げ、と思って立ち止まる。
 北門をふさぐような勢いで駐車してあるその運転席の窓がすーっと下りた。
「ルル〜」
 窓から顔を出したのは二十代前半の柄の悪い雰囲気の男。他でもないアニキ、東谷アイル。…にこ、じゃないだろ、にこ、じゃ。
「目立ちすぎだっつの……」
 一応清楚系でキメてんのに、と泣きそうになりながら、あたしは急いで兄の車の助手席に乗り込んだ。

「あーもうっ、アニキ何でこんなとこ停めてんだよお…!」
「てか遅すぎんだろ、ルル。マサのアルバム一枚聞き終わったぜ? 嘘だけど」
「嘘かよ」
「で、何やってたんだよ、あ、ちゃんと彼氏できたか?」
「できえてねえし!」
「お、即答」
「てかちゃんとって何だよ」
 けらけら笑われて恥ずかしくなる。
「もーいーよ、てかアニキ、ここチャリ通の奴らにすげー邪魔」
「あ? おわ、うそうそ! やべえ!」
「気付けよ」

 スキとか、恋とか、愛とか、あたしはその全部を知らない。恋愛というものが何なのか全くわからない。
 身近なひとではアニキにも、もう何年も付き合ってる彼女がいるけど、正直どうしてそんなに長い間他人と一緒にいれるのかわからない。
 血のつながりも無いのに、どうして一緒にたいなんて思うんだろう。彼氏とか彼女とかよく分からない。
 恋愛なんて、あたしがするものじゃない。

 だからそういった言葉はハナから頭には無いのだ。あたしは勉強して、友だちと遊んで、ヴァイオリンを弾いて高校生活を過ごしていくのだ。
 何の疑問も抱かず、ただこう思っていた。
 
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青 / 真山雪弥 / 04 ( No.15 )
日時: 2008/12/21 21:49:43
名前: 深月鈴花
参照: http://fiestflower.seesaa.net/

葉書を鞄にしまい、ぼんやりと窓の外を見つめた。
職員室の窓からはちょうど自転車置き場が見え、生徒達が下校していく様子が伺える。
北門の前に、見覚えのない車が停まっているのが見えた。生徒の迎えか何かだろうか。
しばらく見ていると、一人の女子生徒が小走りで駆けて行った。だが、その女子生徒は自転車置き場には見向きもせず、あの車へと向かっていったのだ。しかも、その生徒は自分が先ほど声をかけた東谷ルルではないか。

(東谷の迎えだったのか…)

実はお嬢様か何かなのだろうか。清楚で病弱っぽいしな、と思いながらその様子を見ていると、運転席の窓が開いた。セバスチャン、とか呼ばれてそうな人が出てくるのかと思いきや、顔を出したのは若い…いかにも柄が悪そうな男だった。
親密そうな雰囲気に、少なからず驚く。…まさか……彼氏か?
眉間に皺を寄せて見ている自分に気づき、少し笑う。
生徒の交友関係まで首を突っ込む教師になった覚えはないのだが、教師の前に好奇心が勝ってしまうあたり、俺もまだまだガキだな。

「真山先生?お茶どうぞ。」
「…あっ、ありがとうございます。」

じーっと見つめていたせいで、一瞬反応が遅れてしまう。
お茶を差し出してくれた宮門先生にお礼を言いつつ、珍しいな、と思う。
保険医である宮門先生が、職員室にいることは割と珍しい。
生徒の恋愛相談に乗っている、とかで保健室はいつも出入りが激しいし。まあ、生徒の目的はそれだけではないと思うが。特に男子。

「いーえ。」

やっぱり綺麗な人だな…とか言ったら誤解を生みそうだな。うん、やめとこう。
宮門先生に軽く礼をして、湯呑に口をつける。熱いお茶が、体にしみこんで何故だか妙に懐かしかった。それは、前の妻のお茶の味に、どことなく似ていたからなのだと、柄にもなく少し切なくなった。


前の妻。今はOLで、俺と結婚したころは高校生だった。と言っても俺と結婚してすぐに高校を辞めてしまったが。
体当たりで、全力疾走の恋だった。どちらの親も、本人達が幸せならば、と承知してくれたし、俺も絶対に幸せにしてやれると思っていた。
だが、教え子とする恋というのはやっぱり壁が厚かった。
高校を辞めたとはいえ、教え子と結婚したということで俺はその高校の教師をクビになった。
貯金も、すぐに空になった。新しい高校(勤め先)も決まらず、途方にくれていた。守ることができない。そう思った。
だから、俺の実家に妻を預け、俺は工事現場で働いたりして金を稼いだ。働いて働いて、ある程度金が貯まったらまた迎えに行くつもりだった。
いや、迎えに行ったのに。
実家で迎えてくれたのは妻ではなく、妻の両親と、既に判が押された離婚届で。
もうお前に娘はやれない。娘も別れたいと言っている。だから判を押してくれ。
妻に会わせてくれ。何度叫んだだろうか。本当に本当に好きだった。
だけど、妻からきた1本の電話で、俺は完全に拒絶された。だから、判を押して離婚した。
結婚届を出して、わずか9ヶ月の間に起こった事だった。
もう、今となってはすべて思い出にしか過ぎないが。
懐かしく思い出せるほど、大人になったわけでも、子供になったわけでもない。ただ。
――――…ただ、今でも忘れられないだけだ。


郵便局の前。決して郵便局に用事があるわけではなく、俺の目的はポストだ。
ストンと葉書を投函する。一応当たりますように、と願かけもしておいてやる。
…おい今馬鹿っぽいって言ったやつ出てこい、俺が直々にデコピンしてやるから。
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桃 / 浅倉遼太 / 04 ( No.16 )
日時: 2008/12/30 18:59:55
名前:
参照: http://blackaliceblack.blog116.fc2.com/



ついさっき降り始めた雨はもう本降りになっていて、ばたばたと音を立てて雨粒が降り注ぐ。
春とはいえど、冷たい雨に濡れると流石に冷える。
なるべく雨が当たらないように、と鞄を抱えてバス停へ駆けた。

混み合うバスの中で、なんとか開いた席を見つけて腰を下ろす。
普段自転車通学なだけに、雨の日に混んだバスに乗るのは億劫で、苦手だ。

『バス停、近いから。』

そう言って傘を差し出すと、彼女は受け取りつつもかなりうろたえているようだった。
それも当然、いきなり見ず知らず(一応面識はあるが)の男に傘を貸されて、普通に受け取る人もいないだろう。
自分でも、なぜ傘を貸したのか解らなかった。

困ったように微笑む姿が、彼女に酷似していたから。

頭の隅に浮かんだ理由をすぐさま振り払って、雨粒のつたう窓辺を見やる。
ベースを部室に置いてきてよかった、と心から思った。

高校の入学祝い、両親が選んで買ってくれたベースを壊してしまうわけにはいかない。
あの色は多少不満だったけれど、今となってはお気に入りになっている。

そういえば名前を聞いてなかったな、と思ったが、近付く降車地点のバス停が目に入り、その問題は一時お預けとする。

(…まぁいいか、傘はあれ一つってわけでもないし)

それに、また合ったら―――あの香りでわかるかな、となんとなく思った。



「あれ、遼太お兄ちゃんだ!」

バスを降りて数分、小雨になった道路の端、なるべく軒下を選んで歩いていると、背後から聞きなれた声。
振り返ると一番に目に入る真っ赤な傘に、目を細めて声の主の名を呼ぶ。

「…おかえり、まどか」

小学校、遅かったな?と言うと、りりこちゃんの家で遊んでたの、と笑った。りりこちゃん、はクラスメイトの名前。
まどか―――妹はにこにことしながら自分の隣に並び、兄の変化に気付いてはたと目を見開く。

「おにいちゃん、傘は?」
「あー…知り合いに、貸した」
「もー、何してるのお兄ちゃん!その人に貸したら自分が濡れることくらい、わかってるでしょ?」

むう、と怒っているような叱り口調の妹は、まだ十歳ではあるが最近やたら大人びて、兄にもやたらと小言を言う。

「しょーがないなぁ…一緒に傘、入ろ?お兄ちゃんが持ってね」
「…ありがとう、」

それでもこういうところが優しい、と思うのは、兄馬鹿なんだろうか。
差し出された真っ赤な傘の柄を掴む。子供用の傘は小さく、妹が濡れないようにと少し妹側に傾けた。

「あのね、今日学校でね、」

妹のお喋りを聞きながら今晩の夕食の献立も考えつつ、雨の小道を二人で歩いていた。




翌日。今日は朝から快晴で、一日中晴れ間が続くでしょうというお天気キャスターの言葉を信じて傘は持たずに自転車で登校した。
昼食時間に机に突っ伏して、昨日夜中までかかった今日の予習が原因の眠気と戦っていると、ふいにクラスメイトがこちらに駆け寄って、小声で告げる。

「遼太、お客さん。―――女の子、だけど」

異性ということで、大声で呼ばないよう気をつかったのだろう、視線の先には廊下に立つ女子生徒の姿。
礼を言って立ち上がると、廊下へと向かう。

覚えのある甘い匂いが、鼻孔をくすぐった。



メンテ
桃 / 藤咲せせら / 05 ( No.17 )
日時: 2009/03/11 19:15:41
名前: 深月鈴花

今朝は、昨日の朝と同じくらいの快晴。テレビで天気予報を見ても、新聞の天気予報を見ても、今日は1日中快晴と伝えていたので、洗濯物の心配をすることもなさそうだ。
昨日の洗濯物はひどい有様だった。ベランダの内側に干していた洗濯物はなんとか無事だったものの、外側に干していたものは見事に洗濯のし直しとなった。
やっぱり、雨の日なんていい事がない。強いて言うなら、ベランダにあるシクラメンに水やりをする手間が省けたことぐらいだろうか。

(………でも、)

ベランダに広げて乾かしている傘を見る。思い出すとドキドキするし、あの傘を返すためにあの先輩にまた会えるんだ、と思うと更に心臓が高鳴った。
名前さえ知らないのに、馬鹿みたい。でも、ドキドキはおさまってくれないから。きっと、そういうことなんだろうな。
傘を手に取り、ゆっくりと閉じる。もうすっかり乾いている。

(あ、やっぱりせーらにはちょっと大きいな。)

ふと、時計に目をやる。…考え事をしすぎたみたい。
せーらは、ベッドの上に放置していた鞄を引っつかみ、傘を持って家を出た。
太陽が少し眩しくて、やっぱり今日は快晴だな、と少し嬉しくなった。





「おはよ、せせら。」
「おはよー、由梨香。」

教室に入ったせーらに、にこりと笑って声をかけたのはせーらの前の席の日野由梨香だった。
昨日名前で呼び合う仲になった…と言ってもメールしていてそうなっただけなので、実際に呼び合うのは今のが初めて。やっぱりなんだかくすぐったい。それは由梨香も同じらしく、それをごまかすように二人同時にあははっ、と笑った。

「ねえ、昨日聞くの忘れてたんだけどさあ。」
「ん?」

頬杖をついた由梨香が、そう前置きをして話し始める。昨日、というのはメールしていたときのことだろうか。

「せせらって、浅倉先輩と知り合いなの?」
「…………浅倉先輩?」

覚えのない名前だった。はて。そんな先輩、知り合いにいただろうか。

「浅倉遼太先輩!え、違った?昨日、傘借りてたからてっきり。」
「傘………ああ!」

傘の単語で思い浮かぶ先輩は、せーらには一人しかいない。
名前も知らない知り合いというのもおかしいから、せーらは「ううん、違うヨ。」と答えておいた。
昨日の傘を貸してくれた先輩。あの先輩の名前は浅倉遼太というのか。
あー、そうなんだーと言う由梨香。いや、その前に。疑問が浮かぶ。

「由梨香、見てたの?」
「うん、部活帰りだったしね。」
「…あー、バスケ部だっけ?ていうか、由梨香の方こそその…浅倉先輩と知り合いなんだネ?」

せーらが尋ねると、由梨香は逆にきょとん顔になり、え?と聞き返してきた。

「え、違うの?」
「かっこいいからチェック入れてただけだけど?ま、ちょっと怖そうだけどねーえ。」

由梨香はそう言ってケラケラと笑った。
怖くないし、優しいヨ、なんて言いたかったけど、恥ずかしかったから口を噤んだ。
それ以上に、思わぬところであの先輩の名前を知ることができたせーらは、喜びでそれどころじゃなかったのかもしれない。




「あーれ、せせらちゃんどっか行くの?」
「うん、ちょっとネ!」

一緒にお弁当を食べていたグループの子達の輪からはずれ、せーらはロッカーに置いていた傘を抱えて教室を出て行った。
生徒達の視線が少し痛いけど、そんなの気にしていられない。
歩いていた足はやがて早歩きになった。


浅倉先輩の教室に着くと、まず扉の近くにいた男の先輩に声をかけ、浅倉先輩を呼んでもらえるよう頼んだ。
しばらくして、少し眠そうな浅倉先輩がやってくると、実に素直なせーらの心臓は、ドキリと高鳴った。
せーらは必死で平静を装い、傘を先輩の前に差し出した。

「傘ありがとうございました!とっても助かりました。…昨日、風邪とか引きませんでしたか?」
「あー…別に…」

傘を受け取りながら、大丈夫だけど、と続ける先輩。やっぱり、雰囲気がパパに似ている。
同時に、別に、ていうの口癖なのかな、と思って嬉しくなった。

「せーら…じゃない、あたし、藤咲せせらって言います。せせらでも藤咲でもせーらでも、好きなように呼んでやってください。」
「…浅倉遼太。」

知ってます、って言いそうになって直前で止める。さすがにここでそんなこと言われるとストーカーみたいで気持ち悪いよネ。

浅倉遼太先輩、と心の中で復唱してみると、ある欲望が生まれる。これ、ほぼ初対面で言うとたぶん引かれる。
でも、せーらB型だから(関係ないカナ?)、それが考える前に口に出ていた。

「…遼太先輩って呼んでもいいですか?」

……あ、ちょっと言わなきゃよかったかもしれない。
「やっぱりいいです」と言おうとしたのを遮って、先に遼太先輩が口を開いた。

「いいけど。」

心臓がよりいっそう高鳴るのを感じた。どうしよう、ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、泣きそうだ。
頬が自然に紅潮するのがわかった。手の甲を頬に当てて、少しだけその頬を隠す。

「ありがとうございますっ!えっと…」

また、会いたいと思った。また、話したいと思った。でも、「また会いましょう」なんて気取った言い方はしたくない。
思えば、「じゃあ、また。」と言えばよかったのかもしれない。でも、それでは足りないような気がして。

「……また…お話したい、です。………遼太先輩。」

…………だめだ、いたたまれない。遼太先輩の返事も待たずに、ガバッと一礼して、小走りで逃げるように去って行った。
かなり怪しい印象を与えたのではないかとは思ったが、もともと第一印象が強烈だったと思うから、あまり気にしないことにした。ていうか、気にしてられなかった。印象を気にする前に、こんな赤い顔、見られたくなかった。
メンテ
赤 / 泉水孝太郎 / 04 ( No.18 )
日時: 2011/04/18 22:30:52
名前:


質問攻め

今の俺の状況を的確に表す言葉だ。
転校初日お約束の展開であるため、慣れてはいる。慣れてはいるが、いかんせん人数が多い。
俺の席の前に屈みこんでいる奴もいれば、席の横に立っている奴、近くの椅子や机を利用している奴もいる。
たまたまこのクラスに友好的なやつが多いのか、はたまたそれがこの学校の校風なのかは分からない。
だが一度にこれだけの人数に囲まれたのは小学生以来だった。

矢継ぎ早に飛んでくる問いかけに答え続けていると、持ち主不在により占拠されてしまった隣の席に座る男子の後ろに、少し眉尻を下げた困り顔を見つけた。
名前は…皇月。皇月綺羅。先ほど丁寧に名乗ってくれたからよく覚えている。
席を返して欲しいんだろうな、と勝手に判断して
「席、皇月が困ってる」
と男子生徒に告げてやると、そいつは素直に席を立った。ほどなくして皇月が席につき、
「ありがとう」と呟く。自己紹介の時とはうってかわった、小さな小さな声だった。

彼女は蒼い眼をしていた。
過度に飾り立てられていない、清潔感のある風貌に、その眼がよく映えていた。
ハーフか何かかと思ったが、それ以外に彼女の容姿から異国の血を感じることはない。
両親からでないとすると、隔世遺伝なのか…
いずれにせよ、その蒼は俺の瞳に強く残った。純粋に綺麗だと思った。



翌日。
昨日のうちに出来た友達と他愛もない話で笑いあいながら、俺は自身の席へついた。
まだ二日目とは思えないほど、俺の学校生活は充実している。
前の学校でも所属していた剣道部への入部届けは、昨日部活見学へ行った際に出した。その場で型も見てもらえた。
部員同士も先輩後輩関係なく仲がよさそうで、休憩時間は和気あいあいとしている。
が、一たび練習に入ると道場内の空気がキリッと引き締まり、とても良い雰囲気だ。
今日は転校生でも生徒会に入れるかどうかを調べようと思う。
前にいた高校では、引き継ぎ職である会長、副会長、会計は前年度の役員から決めることが原則となっていたが
書記と庶務なら外部生が立候補することが認められていた。
それがこの学校でも適応されるのなら、書記でも庶務でもいい。是非所属したい。
面倒だと敬遠する人も大勢いる。でも俺はそうは思わない。
転校を繰り返し、そのたび周りに馴染むため必死だった俺。
馴染んでも馴染んでも、結局離れていくことに何度も遣る瀬無さを感じた。

だが、今度は違う。
今度こそ、俺はこの地に根を張って生きる。
そのためにも、クラスとも部活とも違う環境に飛び込んで、能動的に動くことに決めた。
やれることは全部やってやる。


胸中で自分に一喝いれて、昼休みで人がまばらになっている教室をあとにした。


メンテ
赤 / 皇月綺羅 / 05 ( No.19 )
日時: 2011/04/30 20:56:15
名前: 天宮飛亜
参照: http://18.xmbs.jp/pigeonblood/

「綺羅ー!昼一緒に食べよー!!」
「えれなちゃん!」


翌日の昼休み。
綺羅の親友であるえれなはコンビニの袋片手に綺羅のいる2−1にやってきた。
えれなは現在は空いているが――孝太郎の席に座った。


「えれなちゃんまたコンビニのパン?」
「ちゃんとサラダも買ってますーだって美味しいんだもん焼きそばパン」
「パンばっかだと栄養偏るよ?」
「だからサラダで補ってるんじゃない。ところで綺羅、今日の弁当の中身なに?」
「昨日の晩ごはんの残りだけど……」


赤と白のドット模様の弁当箱を開けると、たらこパスタを主食に、煮込みハンバーグ、サラダ、玉子焼き、苺などが入っていた。


「わー美味しそう!!どれか食べていい?」
「いいよ」
「やった!じゃあハンバーグいただきまーす!」


えれなは綺羅から箸を借りてハンバーグを切ると、それを口に含んだ。


「ん〜美味しーい!!なにこれやばい!ふわふわ!綺羅いい主婦になれるよ!!」
「そ、そんなことないと思うけど……」


綺羅は照れながら苦笑した。


「あ、そうそう。沙羅ちゃん元気?」
「元気よ。えれなちゃんに会いたがってた」
「まじ?じゃ今度お見舞い一緒に行っていい?」
「いいわよ。きっと喜ぶわ」
「よーし約束ね!しかし綺羅も大変よねー」
「え…なにが?」
「毎日学校行って部活行って病院行って渉さんの会社行って!予習も復習もちゃんとしてるし……綺羅そのうちぶっ倒れるよ?」
「大丈夫だよえれなちゃん。これでも私丈夫だから」
「そういう問題じゃないよ……」
「ほんと大丈夫だから」


にこり、と綺羅は笑った。えれなはそれを心配そうな顔で見つめた。


「大丈夫ならいいんだけどさ、休む時は休むんだよ?無理しちゃだめだからね!」
「気を付けますー」
「もー…ところでさ、転入生どんな人?」
「真面目そうな…素敵な人よ」
「へー…」


ガラッと教室の後ろのドアが開いた。
先ほど出て行った孝太郎が戻ってきたのだ。


「あ、あの人よ」
「あの人?…うわーほんと。真面目そう。というかウブそう」
「え、えれなちゃん……」
「でも――かっこいーじゃん。名前は?」
「泉水孝太郎くん」
「名前も真面目そう……ん?今あたしが座ってる席ってもしかして…」
「泉水くんの席よ、そこ」
「え、うわっ、ちょ!隣同士なの!?恋の始まりか!?」
「ちょっ、何言ってるのえれなちゃん!!」
「なに照れてんのよ綺羅ー。恥ずかしいとか?」
「照れてもないし恥ずかしくもない!!」


綺羅はえれなの言ったことを顔を真っ赤にしながら否定した。
ふと見れば孝太郎がどんどん近づいてくるではないか。
自分の席に戻ろうとしているのだろうとすぐにわかったが、綺羅はここから離れたくて仕方がなかった。
こんな真っ赤な顔、見られたくなかった。
メンテ

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