(銀魂 沖田結核ねた5。) ( No.83 ) |
- 日時: 2007/07/01 16:33:27
- 名前: 黒瀬
- 参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/
- 「………」
その場所に立つと、自然、僕は言葉を失くした。 僕だけじゃなく、神楽ちゃんも、沖田さんも同様に。 目前に広がる景色を、どこか唖然としたように見詰めていた。
神楽ちゃんに連れられて僕らがやってきたのは、町外れにあるちいさな丘だった。 まるで野原のように草の原が続き、ゆるやかな斜面の向こうに、神楽ちゃんの云う「最高の景色」があるという。 でもやっぱり沖田さんは、丘を登るのは随分辛そうだった。 手を貸そうかと思ったけれど、「余計なことすんじゃねーや」と制された。 荒い息を堪えつつ歩き続ける沖田さんに、少し視界を潤ませながら、僕らも上へ上へと進んでいった。 そして、今、丘の上。
「、す、ごい……っ」
無意識に僕は声を漏らしてしまった。 丘の上には、一本の杉の木が立っていた。それから先はまた下へと斜面が続いていて、そこをずっと進めばかぶき町のほうに戻れるようになっている。 木の下に立つと、そこから、町全体が見渡せた。 昼から夕へとうつろい始めた、橙色のかぶき町。 屋根、路地、人々。全てが霞んで、光に溶けているみたいだった。 遠くに聳え立つターミナルさえ、まるで世界に穿たれた水晶のように美しく見えて。
沖田さんは肩で息をしながらも、「すげェなァ」なんて僕に相槌を打った。 神楽ちゃんは誇らしげに胸を張っている。 「デショ!? この前定春の散歩してる時に偶然見つけたアル。 その時は真っ昼間で空も真っ蒼だたヨ。……でも、オレンジの風景もすごく綺麗ネ」 いつになく穏やかな声音。沖田さんもその声を聴きながら、心地よさそうに目を細めて街を見下ろしていた。 「どうしても、ソーゴに見せたいと思ったのヨ。 こんなキレーな景色見れずに野垂れ死んだら、かわいそーだと思ったアルネ」 いつもと同じ減らず口で神楽ちゃんは言う。 沖田さんがふと、思い出したように軽く咳をした。 口に手をやりながら、沖田さんは小さく笑う。 「……最期に見たかぶき町の景色が、こんなに綺麗なモンだとは思っても見なかったなァ。 ありがてェや」 自嘲気味に、冗談を軽く言うかのように、沖田さんがさらりとそんなことを言った。 すると途端。神楽ちゃんの眉が顰められ、表情が哀しげに苦しげにゆがむ。 それから、ソーゴ、と彼の名を呼んだ。沖田さんが神楽ちゃんのほうを向く。 「……此処よりももっと綺麗な景色、たくさんアルネ。 世界は広いヨ。お前が知らないような風景、たくさんたくさん在るネ」 ひゅう。三人の間を、涼やかな夕風が吹きぬける。 神楽ちゃんは言葉を続けた。 「私が、私が、連れてってやるネ。 お前の知らない景色、綺麗なトコロ、ずっとずっと見せ続けてやるヨ。 ずっと、ずっと。一生。だから、」 だから、という言葉が、どこか湿っていた。 あ、と思って神楽ちゃんを見ると、神楽ちゃんの頬を大粒の涙が伝っていて。 沖田さんは、さきほどの綺麗なものを見るような表情で眩しそうに目を細めて、そんな神楽ちゃんの泣き顔を見ている。 「………だから、だから、死なないでヨ。 お前、まだ、ちゃんと最後まで生きてないネ。まだ若いヨ。 まだ死んじゃだめ、だめ。私が、私が、ずっと一緒にいてやるから、 だから死なないでヨ」 涙声で言ってから、最後にぎゅっと唇をかみ締めて、神楽ちゃんは嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちた。 沖田さんもそれに応じて、神楽ちゃんの傍に寄ってしゃがむ。 すると、神楽ちゃんは飛びつくように沖田さんを抱きしめた。
………いつの間にか橙から藍色へと変わり始めている空を見上げながら、 神楽ちゃんの小さな手を握り締めて、彼女の肩を抱いて、沖田さんは言った。 三人にしか聴こえないくらいの、小さな声で。
「…………すまねェ。」
それから、ずうっと、大声で泣き続ける神楽ちゃんを黙って抱きしめていた。 僕は二人を、ただ、その場に突っ立ってみているしかなかった。
(>>79のつづき)
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