或るミュージシャンの移動中。 ( No.69 )
日時: 2008/02/25 19:17:55
名前: 沖見あさぎ
参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/

「ユウ、次は第二スタジオだーってさ」

楽屋の入り口からひょっこりと顔を出したカイが俺に告げてきた。
靖成(人気アイドル『Alice』の専属マネージャーでヘアメイクを担当する、ラバーソウルのスタッフだ。一応年上なのだが、俺はふつうに呼び捨てで呼んでいる)によるヘアメイクも終わったので、俺は荷物を纏めて立ち上がった。
と、不意に尻ポケットに入れた携帯がブブブ、とメールを受信。ディスプレイを見ると竜一サンからだった。
いつもと同じように、今日の夜遊びにいこう、という旨の内容だ。24といったらもう大人と呼んでもいい年齢なのに、あの人はいつまでも変わらない。
携帯をポケットにしまって(スライド式なので閉じる必要はない)俺はカイのほうへ歩み寄る。

「ああ、今行く」







「……あれ?」

廊下で不意にカイが後ろを向いた。こいつがそういう反応をすることは予期していたので、次いで俺も振り返る。
其処にいたのは紛れも無く、「カイのお気に入り」である「カガミ」の後ろ姿。
いつもぼんやりとしているこいつのことだから、きっと気付かないだろうと黙っていた俺がバカだった。
カイはじっとカガミの背中を見つめ、瞬間にやっと笑った。
もし猫が笑うとしたらこんなふうに笑うだろう、と不意に思う。(そしてカイが猫だったら相当手がかかる気まぐれな猫に違いない。)
ふと、道の先にいたカガミが振り向いた。いやな予感だ。

「ねーユウ、収録始まるのってあとどれくらい?」
「………あと10分」
「じゃあ」

ちらっと俺のほうを目だけで見てから、カイはくいっと顎をカガミのほうへしゃくった。

「ちょっと立ち話しても怒られないよね。……うん、そんな気がする」

こいつの自己完結はいつものことだ。
俺が何かを言う前にカイは廊下を引き返していた。もちろん目的はお気に入りの彼女。

……ひとつ溜息を吐いてから、早足で俺も後を追った。






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(>>59のつづき!)