或るミュージシャンの休日。 ( No.59 )
日時: 2008/02/11 00:21:39
名前: 沖見あさぎ
参照: http://id29.fm-p.jp/8/ginduki/



「……カガミが出てる」

片膝を立てて座り、その上に顎を乗せ、リモコンをテレビに向けた体勢で黒葛原灰が言った。
風呂上りで冷蔵庫からコーラを取り出そうとしていた俺は上体だけを捻って灰のほうを見る。
灰の黒い目はじいとテレビ(プラズマでもなんでもない、ボロくて小さいやつだ)の画面を観ていた。
ひとまず冷蔵庫を閉めてから、俺は灰の隣に座る。
テーブルにコーラを置いたところで、やっとテレビに目を向けた。
すると其処には、赤茶色の髪を巻いた緑眼の少女が映っている。

ああ、と俺は頷く。

「鏡魅、ね」

俺たちと同じ事務所のアイドル『鏡魅』だ。
先日新曲を出したらしく、歌番組に出演していた。
そういえばスタジオの廊下ですれ違ったような気もする。そのときは灰はいなかったが。膝の上に顔を乗せた灰は、画面の向こうの美少女に興味津々のようだった。
なんだお前、そういうオンナが好みかよ? と軽く声をかけるが、灰は答えない。
 ふとテレビから音楽が流れてきた。歌い手は間違いなく『鏡魅』のものだった、が、何処か幼いような気もする。
途端、画面の中の『鏡魅』が動揺した。


『はいっ、この曲は鏡魅ちゃんが初めて作った曲です!』


柔和な笑顔を浮かべた男性アナウンサーが告げた。はあ、成程。どうりで違和感があるはずだ。
にしても『鏡魅』は俺が見ても異常なくらい動揺している。そんなに恥ずかしいのか(それほど下手ではないと思うが)、それとも別の理由か。
ふと何気なく隣を見て、俺はぎょっとした。

灰が笑っていたからだ。

「どうしたんだよ、灰」
「優生、」
「ん?」
「俺、すごーい発見した、って気がする」
「………ハァ?」

なんだそれ。吐き捨てるも灰はまた画面に集中して返事を寄越さなくなった。仕方ないので俺はコーラのキャップを捻って開ける。

――――画面内では、『鏡魅』が慌てた発言をして笑いを呼んでいた。