雪は昔語りをもたらす ( No.42 )
日時: 2007/12/27 01:10:26
名前: Gard
参照: http://watari.kitunebi.com/

 それは、雪の降る街へ任務で行っていた時のこと。










「う゛ぅー、さみぃ……」
 吐く息も白く濁るその街は、本部の存在する場所よりも南、本来なら滅多に雪が降らない場所に存在していた。
 師走であってもよほど冷え込まない限り雪はなく、降ることがあっても積もることのない場所。
 そう、聞いていたのに。

「…………めっちゃくちゃ吹雪いてますがな」

 窓の外は異常気象とも取れるほどに吹雪き、視界を真白に染めてしまっている。
 いきなり到来したこの吹雪に、急遽街の人々は暖を必要とした。
 けれど元々は雪の降らない場所。暖を取るような物がある場所は限られており、人々はそこへ集団避難を余儀なくされていた。
 教団の支援者が住んでいるこの屋敷もまた、その一つ。
 どうやらこの屋敷、支援者の先祖が何処か北方から移築したのかそれとも建築様式が気に入って真似したのか、大きな暖炉が各部屋に一つずつ配置されている。
 お陰でこの屋敷へ避難してきている人達にはプライベートという物が保たれているのだが。
「なんというか、物好きだよなぁ……」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
 声と共に、かちゃり、という扉が開く音がした。
 部屋に入ってきたのは長い黒髪を首の後ろで結んだ青年。この屋敷の主人だ。
 彼の手には銀色のトレイにのった二つの湯気を上らせたティーカップがある。
「もしくは、こうなることを知っていたのか」
 部屋の真ん中に置かれたティーテーブルにトレイを置くと、彼はカップを一つソーサーごと持ってこちらへやって来た。
「窓の近くは冷えるでしょう。どうぞ」
「……すみません」
 いいえ、と彼は軽く首を振ると、カップを手渡してくれる。
 一つ礼をして受け取れば、それは冷えた手にとても温かな温もりをくれた。
 窓の外は相も変わらず吹雪いていて、五メートル先の景色すら見えない。
 たとえ晴れていて景色が見えたとしても、白で彩られた煉瓦造りの街並みがあるだけだろう。
 カップを傾け、温かな紅茶を口内に流し込めば、鼻に抜ける紅茶の香り。
 味と共にそれを楽しんでいると、紅茶の温かさはいつの間にか身体を温めてくれていた。
「…………ねぇ、ファインダーさん」
 窓の外を眺めていた彼が声を掛けてくる。
 彼の方を向けば、自分の分のカップを持ったまま窓の外を見つめる姿があった。
「これ、イノセンスの奇怪だと思います?」
「……本部はそう判断しています」
 だからこそ、オレ達は派遣されたのだ。
 イノセンスの奇怪である可能性が高い。AKUMAが現れる可能性も高い。
 街の人間を護り、イノセンスを回収する。その為にオレ達は派遣された。
 ただ、戦闘向きのエクソシストはまだこの街にたどり着けてはいない。この吹雪で足留めされているのか、はたまた別の任務があるのか。
 けれど幸い、AKUMAもまだ現れたという情報はなかった。
「いいことを教えてあげましょうか、ファインダーさん」
「はい?」
 にこり、と笑みを浮かべた彼は、昔話ですよ、と小さく呟いた。
 どうやらこの街に伝わる昔話を聞かせてくれるらしかった。

「この街で雪は、魔物から街を護ってくれていると昔から言われているんです」

 だからもしかしたらAKUMAが出ないのも、そのお陰かもしれませんね。
 そう言って彼はカップを受け取ると、失礼します、と言って部屋を出ていった。
 もしも彼の言った昔話が本当だとしたら、やはりここにイノセンスが存在するという可能性が高い。
 紅茶のお陰で芯から温まった身体をもう一度窓の方へ向け、異変がないか探し始める。
 それしか、オレに出来ることは無いのだから。

 やがて、吹雪の向こう側に人影が見えた。

 この街の人間は恐らく、先程の昔話が影響して吹雪の中外へ出ることはないだろう。
 否、普通の人間だとて吹雪の中を好きこのんで歩くわけがない。
 ならばあれは、今到着したエクソシストに間違いはないだろう。
 そっと小さく溜息を吐き、胸の前で十字を切る。
「……血の気の多い、ユウみたいな奴じゃありませんように」
 本人が聞いたら間違いなく激怒して抜剣するだろう事を呟きながら、部屋の扉を潜り、玄関へと向かう。
 吹雪いていて視界は最悪だが、何とかなるだろうという楽観的思考で玄関扉を開け、外へと身体を踊らせた。
 扉を抜けたオレの目の前には、吹雪によって真白に染まった視界しか存在しない。
 この中で顔も解らないエクソシストを捜すのは大変だが、仕方がないだろう。
 覚悟して何メートルか前へ進んでいくと、風が段々と弱まってくるのを感じた。
 吹雪の勢いが弱まっているわけではない。足を止めていれば風の強さは一定だ。
 ならば何故。
 更に足を進め、先程の屋敷から十数メートル離れると、漸く先程窓から見えたものと同一だろうと思われる人影が見えた。
 ホッとして近寄れば。

 そこには透き通るような銀の短い髪に蒼い瞳を持った、白と水色の夏に着るようなワンピース姿の少女が立っていた。

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>>43へ続く)