夜空に散る桜花 ( No.40 ) |
- 日時: 2007/12/26 20:06:21
- 名前: 栞
- 参照: http://www.geocities.jp/akatukiquartet
- 桜の花が咲き誇り始めたのは、何時頃からだっただろうか。
東国出身の物好きが、教団の敷地に数本、行商から苗木を買い取って数年前に植えたと聞いた。 そして、今。 私の現在を嘲笑うかのように、その花は咲く。
「・・・・・・・・・ちゃん、お姉ちゃん!」 廊下から、無邪気な少年の声が聞こえる。 扉の隙間から顔を覗かせ、無邪気に笑う少年に、私は笑いかけた。 「・・・・・・・・・・・・おはよう、セイ。おいで」 ベッドに上半身だけ起き上がらせて座り、少年に向かって手招きをする。 飛ぶように駆けてきた少年の薄い空色の髪を、私はそっと撫でた。 「今日は随分早いのね。何かあったの?」 問うてみると、少年は顔を輝かせて言う。 「あのね!今日から、任務なんだよ!すっごく遠いけど、ものすごい綺麗な町なんだって!」 きらきらとした無垢な顔で、少年は笑う。 その胸に、ローズクロスを印して。 彼の着る黒衣は、悪性兵器を破壊する力、イノセンスを持つ資格のある、限られた人間だけが着れる物だ。 その限られた人間をエクソシストといい、彼もその一人なのだ。 協力者の下で養子として生きてきた彼が、唯一の肉親である協力者の養母を亡くし、この教団に入団したのは一年も前のことだ。 科学班か何処かへ所属させられる予定だった彼は、偶然エクソシストの資格を持つ者と、イノセンスの番人に診断された。 教団に保管されていたイノセンスの適合者となり、彼は戦いに身を投じた。 幼いながらも圧倒的なシンクロ率を示し、彼の戦いの功績は任務の度に上がってゆく。 彼の存在は、教団内で大きく知られることになった。 ひっきりなしに任務で世界中を駆け回っていた彼も、此処の所は休暇続きで退屈していたそうだ。 好戦的な炎を瞳に宿し、彼は笑う。 「頑張って、戦ってくるからね!」 笑う彼の頬には、引き攣ったような火傷の跡。 初任務の時の戦いで、負ったものだ。 「――――――――――ええ。けれど、約束して」 笑ったその細い体躯を、手を伸ばして抱き締めた。 「必ずよ。必ず、無事で帰ってきてね」 私の腕の中にいる彼には、私の表情はきっと、見えない。 それでも状況を理解したのか、彼は小さく頷いた。 「・・・・・・・・・うん、約束・・・・するよ」 その言葉を聞いてから彼を解放してあげると、彼ははっとなって慌て出した。 「やっばい、もう出発しなきゃ!じゃぁ、じゃぁまたね!お姉ちゃん!」 慌てて走り出す彼を、私は笑って見送った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん、か」
うっすらと、目を細めて。 お姉ちゃん、は彼が私を単に呼ぶために使っている言葉だ。 彼はきっと、真実を知らない。 彼は――――――――――、私の、甥。 私が悪性兵器として蘇らせ、殺してしまった――――――――――姉の、たったひとりの子供だ。 彼がイノセンスの資格者となるなどとは、毛頭思ってもいなかった。 血は争えないと、苦笑したものだ。
何故なら、私も資格者“だった”のだから。
そう、私はかつてエクソシストとして世界を駆け、悪性兵器をこの手で壊してきた。 そしてある敵との戦いで、私は戦う力を失くした。 エクソシストとして最初に壊しかけ、最後の戦いで完全に破壊した――――――――――姉との、戦いで。
彼のふわりとした髪の感触が残る掌で、ゆっくりと右足に触れる。 触れた足に、最早感覚など無い。 悪性兵器の呪いの象徴であるペンタクルの印が、皮膚が変色して見えるくらいに埋め尽くされているだけで。 姉は、私が破壊した。 私が弱かったせいで苦労して生き、死んだ後も私が弱かったせいで蘇り、苦しんでしまった。 その咎は、この両足。 戦いの後、両足の感覚が無くなったと思ったら、そのまま意識を失った。 再び目覚めたとき、私はもう立ち上がることも出来なくなっていた。 仲間と共に戦えいないことは申し訳無いけれど、悔やんではいない。 咎を受け、安心しているのかもしれなかった。 私の周りで、皆、皆苦しんでいるのに。 それを与えた私には、何の罰も下されない。 そんな罪悪感は、もう要らなかった。 足りないことは解っているけれど、この両足で、少しでも咎を受けたことになるのなら。 それで、良かったのだ。
夜風が静かに吹き、伸ばし続けている黒髪が揺れる。 風に乗せられて、桜の花弁が一枚、部屋の窓から舞い込んできた。
―――――――共に戦った仲間たちは、今も戦いに身を投じている。 彼らが今どうしているのかは知らない。身動きの取れない私は教団内の人間と話をすることは殆ど無く、そのころにはもう古くなった情報がセイとの会話によって入ってくるだけだ。 異世界から来たと語るある友人は、元の世界へ帰っていった。 彼自身の、己の罪を清算するために。 そして、再び帰郷し―――それは秘密裏の帰郷だったのだが―――私の部屋を訪れ、また新たな世界へと、旅立つと告げた。
『――――――――――必ずだ。 ――――――――必ず、帰ってくるから…絶対に思い出せよ、“あいつ”を』
彼はその言葉を残して、去った。 “あいつ”、というのは、どうやら私にとって、とても重要な人らしい。 姉との戦いの際か、両足の呪いの影響か。 私の記憶には、色々と欠陥があるらしいのだ。 けれど私は、その人を知っている気がした。 とても、とても近しい人だった。記憶に無いのに、脳裏に焼きつく残像。 心に誓った。――――――――――彼を、いや、彼女を、待ち続けると。
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