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| HunterSoul -145- |
| 終末の時…… * 01 * 「シャン vs リヴァイサン」 その紅蓮の龍を、人は破壊神と呼んだ――。 「サグ、」 「なんでしょう?」 「この二人を、こっちに呼んでくれ」 手渡された資料は、とあるハンターの履歴書。それを確認して、はっと顔を上げる。 「じゃあ、このお二人が……」 「おお、」答えたニックは、どこまでも楽しそうな顔で頷いた。 「次はそいつらと行く」 ニックの武器庫兼、狩猟分野の資料室。彼は残りの書類をざっとまとめながら、頭の中で情報を追った。そして、まだまだ世間知らずな第二皇子に気付かれないように、心の中でほくそ笑む。あの二人のことだ。召集状を手にした瞬間の反応が目に浮かぶ。――きっと、「何故自分が」と、たまげていることだろう。サグがアルカに耳打ちし、配達の手配が進んでいくのを眺めながら、早く届かないかと楽しんだ。 そうしている間にも、古びた、それでもしっかりとした作りのテーブルに積み上げられたクエスト用紙を探る。数百とあるクエストを、ひとつひとつ、確認しながら、厳選する。(ああ……)厳選しながら、すこぶる惜しい気持ちになった。(全部面白そうだなァ……)危険度SSランクのクエストにそんな視線を送れるのは、この代のハンターでは、やはりニックくらいしかいないだろう。普通のハンターならば、クエスト用紙だけで震えあがれるような、まさに命がけ、いや、死の可能性のほうが大きい博打クエスト、と言っても過言ではない。(“リオ夫婦四色撃退”、“リオレウス、グラビモス、グラビモス亜種の大連続狩猟クエスト”、“グラビモス二頭”に“ディアブロス二頭”、“金レイア率いる、亜種混じりリオレイアの大群撃退”……くっそ、俺がいきてえなァ) 無理ゲーである。 * 目の前で対峙する二人はじっと沈黙を守っている。一人はブルーのチェーンをくるくると、器用に左腕に結び付け、もう一人は、その様子をじっと見つめている。前者は王者、後者は人間。これから始まる戦いを、自分は見届けなければならない。見届けて、その先にあるものに応じて、自分はこの星を導かなければならない。それが、数千年と星屑の世界を渡ってきた自分の、遺伝子に組み込まれたさだめだ。 王者が勝てば、王者を導き、この星の、王者の存在を一族に連絡する。そして、人間が勝てば、同胞が動きだし、この星を破壊する。 だが、突然破壊するわけではない。自分たちの一族にも、代々守られてきた、掟がある。掟では、“選択”の責を負う者が、無作為に精神をつかんだ一個体に、この星の破壊者が降臨したと告げる義務を負う、とある。 つまり、ミラアンセスが、ランダムにこの星の生命の精神をさぐり、捕まえた、一匹、ないしは一頭、また、一人だけに、“破壊”の龍が到着したということを伝える、ということだ。 そう、ただひとつの生命にだけ。人間かどうかも、分からない。そして、もし、それが人間だったとしても、シュレイド王国かどうかすら、分からない。王国内であろうとも、遠く辺境の住民の可能性だってある。シュレイド王国きってのハンターたちのもとには、到底届かないだろう、そのただひとり――。 * ミナガルデギルドの酒場に、その二人はいた。二人のうち、一方は、その鋭い藍色の瞳で、酒場じゅうを見渡し、深刻そうな表情で、ビールを飲む。ジョッキになみなみと注がれたその液体は、酒場のランプに照らされて、黄金色に輝いている。 黄金色に輝き、ジョッキは乾杯の瞬間を待ち望んでいるというのに、酒場の人間は、もはや、誰一人として、それを喜々として振り上げようとはしない。ただ、クエスト用紙を片手に、カウンターと掲示板、そして、パーティが囲むテーブルの間を行ったり来たりしながら、黄金色の液体を、忙しさと苛立ちの合間に飲み干しているだけだ。どのテーブルからも、怒声と思われる声しか聞こえない。本人たちが自覚していないだけかもしれないが、不穏な波紋は確かに、どのパーティからも広がり、酒場全体が、まるで戦場のように荒んだ空気に包まれている。 「ねえ、ケイト」 向かいの席で、ソーセージを頬張ったケイトの動きが、一瞬、ぴたりと止まり。やがて、頬張った分をしっかり噛んで、飲み込んでから、彼は彼女を見た。 「どうかしましたか、シルフィーさん」 「どうかって!」 声を落として、シルフィーは噛みついた。「分かってんでしょ!」言って、彼女は今までケイトに向けていた、強気な視線を、次には不安げに揺らして、ちらりと背後を振り返った。酒場を走り回るハンターたち。次々と叩きつけられるように新規更新される、クエスト用紙の掲示板。カウンターの受付嬢たちも、どこかぴりぴりした空気での対応を繰り返している。 慌ただしいギルドのなかで、唯一、ギルドマスターひとりだけが、カウンターの奥で、のんびりとパイプをふかしていたが、紫煙越しの、その表情はなにを思っているのか、分からない。 「皆ピリピリしてる……ねえ、これってやっぱり、」 「……でしょうね」 やや遅れて、ケイトが言葉を返した。シルフィーと同じように、だが、彼はまっすぐとした瞳で、ぐるりと酒場を一周、眺める。 「『ミラボレアス討伐』の知らせは、終止符ではない、ということでしょう」 彼の台詞は、そのまま、今のハンター界の混乱をあらわしていた。 数年前から疑問視されていた、モンスターの異常な凶暴化。今回現れた《黒龍》ミラボレアスは、そのピークとなるものなのかと、文字通り、各地をかけずり回っていたハンターたちは期待にも似た考えを浮かべ、国王専属ハンター率いる討伐チームの動向を見守っていたが、どうも、そうのんびりしていられる状況でもなくなった。 黒龍が討伐されたと、情報屋たちがふれまわったあと、数日が経つが、状況はなんと、悪い方へと転換した。ミラボレアス討伐前よりも、凶暴化するモンスターが増えたのだ。村や街の被害は絶えず、人間が襲われる事件は一日に一件や二件では済まない。その度にハンターは駆り出されるが、モンスターの凶暴化はますます激化するばかり。今までは、“まだ”どっしりと構えられていた、強大なモンスターたちも、どんどん、何かに駆られるかのように、我を忘れ、凶暴化する。最早、中堅ハンターでも、重傷者が多発するほどに、自然は乱れ切っている。 ハンター業界、特に、ギルド所属ハンターは、まるで濁流のなかに放り出されたかのように、シュレイド王国中を、縦横無尽に駆け回るはめになった。もともと所属する支部から遠く離れるエリアへ、本来、その距離を渡るには、まだまだ経験が必要なはずなのに。そう文句を言おうとしても、ギルドのハンターは全員、漏れることなく、そのような状況に陥っている。疲労は蓄積するばかりで、フィールドでの緊張感もいつも以上、プレッシャーも重なり、村や街に戻ってきたとき、平常心など保てなくなる。どのハンターも、限界が近付いているのだ。 「……それに、噂の方も気になるし……」 シルフィーは酒場の中、というよりも、ギルドの出口、その外、賑わうミナガルデの街を見るように、視線をちらりとやった。 「シャンがクエストで負傷したって……」 「……シルフィーさん、」 返ってきたのは、ため息交じりの声だった。「なによ」きっと睨みつければ、彼は呆れたように、ソーセージとレタスを改めて頬張り、脇にあった水を一口、口に含んで、飲み込んだ。 「っていうか、なんであんたはそんなにのんきでいれるわけ? シャンは、同じポッケ村で戦った仲間でしょ?」 心配になるのは、当然ではないのか。非難の目を向ければ、しかし、ケイトはシルフィーの心境など無視して、大げさに肩をすくめてみせた。 「あんたね……!」「僕は、」ついに苛立ちも限界に達し、シルフィーが一言言ってやろうと、腰を浮かせると同時。先を越すように、ケイトが口をはさんだ。 「まだ先があるというのに、あの方がここで立ち止まるわけがないと、……あなたが誰よりも信じていらっしゃると、思っていたのですが」 酒場の喧騒。男たちの怒鳴り声のなか。ケイトの声は対照的に、まるで、静かな水面を打つしずくのようだったのに、シルフィーには、どの声よりもはっきりと、そして、強く、直接、頭のなかに響いてきたように聞こえた。深い深いこげ茶色の瞳が、こちらをじっと見つめている。その確信は、たとえシルフィーの心が乱れていようと、揺らがない。言葉ではなく、視線でそう告げられると、癇癪を起こしかけた自分にばつが悪くなり、シルフィーは渋々と、長椅子に腰を落ち着けた。 「それで、シルフィーさん」 どう言葉をつないでいいか分からず、口をとがらせていたシルフィーは、存外に、相手からつなげられた話に、ちらりとケイトを見た。しまった、説教がはじまるか――半分だけちらついた思いだが、相手の瞳に、その色は微塵も見当たらなかった。 「あなたはそんなシャンさんに、また置いて行かれるんですか?」 一瞬、言われた意味が分からなかった。だが、その意味がじわじわと頭にしみわたってきたとき、向かいの少年は、以外にも、そのカタブツな性格にそぐわない、挑戦的な笑みを浮かべた。 「それとも、……今度こそ、追いつきますか?」 不覚にも、どきりとしてしまった。言葉にか、笑顔にか。それはどちらか分からなかったが、シルフィーは、心の奥底に渦巻いていたなにかが、すっきりと晴れ渡ったのを感じた。数秒前の自分が、どうして、あんなに苛ついていたのかが、不思議なくらいに。 シャンに、追いつく。それは、シルフィーがハンターとして生きることを決意させた、大きなきっかけだった。シャンという目標、ただ彼女の、華奢だが、どこまでも力強くしなやかな背を、がむしゃらに追いかけて、シルフィーはここまで生きてきた。ハンターとして、大地を駆けてきた。そしてなにより、シャン自身が、シルフィーにその資格を与えてくれた。 『そんくらいの意気でないとね』 心から楽しそうに笑った彼女の表情を、シルフィーは今でも覚えている。 そして、今、目の前にいる男。何度も狩りをともにした、性格は合わないが、意気の合うパートナーであり、シルフィーの第二の目標。本人には告げていないが、彼を超すこともまた、シルフィーの夢なのだ。 そして、そんな彼に返す言葉を、彼女はひとつしか持っていない。シルフィーはケイトの目をまっすぐに見つめ返し、同じく、挑戦的な笑みを返した。 「もちろん、追いつくわよ!」 * 目の前で、細い腕にリヴァイサンチェーンを巻きつける、黒髪の自分を、シャンは注意深く見た。向けられるブルーの瞳に、見なれた鮮やかさがない。むしろ、銀色が混じり、少しかすんだような色をしていた。だが、その奥から見つめてくる挑戦的な瞳は、自分自身と変わるところがない。 「……後悔しても、知らないよ」 ぽつり、自分が呟いた言葉に、彼女がふと顔を上げた。そんな彼女に見せつけるように、己の背から、リヴァイサンサイスを引き抜いた。 「どっちが強いか。白黒つけようじゃないの」 「……はっ、」言葉に、リヴァイサンはにやりと笑んだ。 「そっくり返すよ、その言葉」 戦いの火蓋は、どちらともなく切られた。 シャンが、リヴァイサンサイスの感触を手になじませ、大きく一振りする。それと同時、リヴァイサンチェーンをしっかりと腕に固定した彼女が、大きく舞い上がる。龍の血が可能にする、驚異的な脚力。そして、その高さからこちらにむかって、銃を構えるように、大きく腕がかざされる。左腕に巻きついた細い鎖が、反射したものではない光で、きらりと輝く。 リヴァイサンチェーン。かつて、父が母を守るために託したもの。そして、その鎖は、記憶している――これまでに、シャンが戦ってきた、モンスターたちを。 かざした手の平の手前に、白い光がぼんやりと集まる。と、思った次の瞬間、その光は青白く変色し、バチリと、鋭い音を立てた。 (雷! ……フルフルか) 考えるよりも先に、横っ跳びに転がった。同時、リヴァイサンがかざした手から、すさまじいスピードで、人間の頭ほどの雷球が飛び出した。雷球はまっすぐ進み、先ほどまでシャンが立っていた場所の石畳をえぐる。 素早く体勢を立て直し、シャンは、着地したリヴァイサンをさっと見た。と、彼女がこちらを見てにやりと笑い、手を横に薙いだ。まるで、塔の外側からシャンに向けて、一直線に線を引くように。そして、すぐ背後で、パリッと音が経つと同時――背筋にぞっと寒気が走った。戦慄すると同時、シャンはリヴァイサンと同じ脚力で、高く跳び上がった。 次の瞬間。塔を取り巻いていた雷雲の一部がおぞましいほどに光輝き、先ほどまで、シャンがいた場所、そして、リヴァイサンが線引きするようになぞった道筋をたどるように、雷が大槍の如く、空間を貫いた。耳をつんざくような雷鳴と光に、再び、ぞっとする。 「一味違うでしょ」悪戯っぽい声は、思いのほか近く。はっと振り向けば、空中、すぐ隣で、リヴァイサンがにいと笑った。「キリンの力は」言葉と同時、振り上げられる足。その細い足に、ごうっと渦巻く風が、鎧のように取り巻いている。 (クシャルダオラか!) 反射的に、リヴァイサンサイスを身体の前に持ち上げ、蹴りだされた足を受け止める。風翔龍の風がうなり、ただでさえ重い蹴りが、さらに重く、鋭い衝撃となって、リヴァイサンサイスにぶつかってきた。 (重っ、)ぎしりと筋肉がきしむ音を聞いて、シャンは刃の角度を変え、自らの身体ごと、足を弾いた。その衝撃のまま空中を後退し、塔の柱の一部に着地する。や、いな、すぐさま柱を蹴り、リヴァイサンに向けて鎌を振るった。黒い一閃を、リヴァイサンは軽々とかわしてみせ、逆に刃と柄の付け根をぐっとつかみ、そこに体重を乗せて刃の上に身体を持ち上げ――そこから、シャンの頭めがけて、横から蹴りを繰り出してくる。 驚きに毒づき、シャンはがくんと、リヴァイサンの足場になっている黒い大鎌を持つ手を下した。同時、バランスを崩した彼女が、未だにリヴァイサンサイスを握っているのを利用して、刃の角度を反転させ、リヴァイサンを振り払うように、刃を大きく縦に振るった。空中でもかけられるだけ体重をかけてのひとふり。リヴァイサンの華奢な身体はあっさりと鎌から離れ、塔の石畳に叩きつけられんばかりの勢いで、落ちてゆく。 だが、そこでおとなしく石畳に叩きつけられるような相手ではないことは、シャンが一番分かっている。案の定、着地寸前になって、くるりと体勢を立て直し、きれいに着地してみせた彼女に向かって、もう一度、落下しながら、大きく鎌を振り下ろした。 その鎌をじっと見上げたリヴァイサンの口が、にいっと三日月をかたどったのを、シャンは見た。同時、彼女の左足が、すっと一足分、後ろに下げられる。どこかで見た動作。一体、どこで――思考を巡らせるとほぼ同時、シャンはとっさに、リヴァイサンサイスの角度を変えた。 リヴァイサンはシャンの振り下ろした太刀めがけて、まるで、その場で逆上がりでもするかのように、バック転と同時、強力な蹴りを突き出してきた。落下速度と体重、腕力、すべて合わせても、まだ、脚力の方が勝るのを、シャンは誰よりも知っていた。だからこそ、ぞっとする。リヴァイサンサイスが、両腕ごと、上に弾かれたことに。 彼女がこの隙を逃すはずがない。リヴァイサンはすかさず身を低く構え、その右手にぐっと力を込めた。そこから大きく足を踏み出し、右腕の拳を、鳩尾にめがけて突き出してくる。 (リオレイアのサマーソルトから……ババコンガのパンチ!) 何人ものハンターを仕留めてきた、強力な一撃と、牙獣種の誇る腕力。 「……げほっ、」 大きく吹っ飛ばされたシャンは、塔の頂上の瓦礫が崩れた、ぎりぎりの位置でなんとかこらえ、せり上がるものを、咳でなんとかやり過ごした。着地と同時、とっさにバックステップしていなければ、決定打になっていた。 「おしい!」 だが、休んでいる暇もなかった。すぐ脇から響いた声にぎょっとして、前方に転がり避ける。同時、毒々しい色とにおいとともに、ねっとりとしたかたまりが、気化しながら、リヴァイサンの口から吐き出された。 (ゲリョスの毒!) 「まだだよ」 声が聞こえたと思ったら、すぐ背後がかっと熱くなった。背後を確認するより先に、横に跳び退る。すぐ脇を貫いたのは、グラビモスの熱線。すぐ傍にいるだけで、身が焼かれるような熱を感じる。汗がじわりと、流れ出た。 「どうしたの?」 楽しそうな声が、背後から迫ってくる。熱線を発した体勢を立て直し、リヴァイサンは、大きく息を吐きだした。そうしながら、両手をかざしわあわせ、その間に、強力な冷気をほとばしらせる。ドドブランゴの氷つぶて。そして、すうっと息を吸い込んだ口が吐き出すのは、 (ガノトトスの水砲!) そして、かざし合わせた両手の間の冷気を通して発せられた水はすぐさま凍りつき、しかし、同じ威力のままで、シャンのもとへ、氷の槍となって、襲いかかる。ちまちま避けることはできない。シャンはリヴァイサンを中心に、弧を描くように走った。その後から後へと、氷の槍は突きささる。 「ずいぶんと劣勢じゃん?」 追いかけてくるのは氷の槍と、声。 そして、一瞬、氷の槍が止まったと思えば、次に迫ってくるのは、リオレウスの火球。ごうごうと燃え盛る炎の球が、シャンが身をかわしたすぐ隣をすり抜けて、空に消えていった。 「まあ、いいけどね。……せいぜい逃げ回りなよ、弱い人間」 瞬間、ふわりとかいだにおいは――火薬のにおい。そして、炎のはぜる音。それを認識すると同時、シャンの周囲を爆発の大群が襲った。 とっさに、片腕で目をかばい、跳ぶ。爆発の前の、ほんのわずかな、ぱちん、という音。それを聞き分けて、あとはほとんど反射で、跳んで回る。次から次へと、ナナ・テスカトリの粉塵が尽きるまで、爆発は続く。 「あははっ、」遠くで、楽しげな笑い声が聞こえた。「面白いね、逃げ回って、逃げ回って……人間にはお似合いだよ」 そして、ぱちんとはぜる音。最後の爆発が、すぐ脇で起こった。片足がじりっと焼けたが、シャンはそれに眉ひとつ動かさず、じっとリヴァイサンを見た。 遠距離戦だけでなく、中距離、接近戦までオールマイティーにこなす。リヴァイサンチェーンの力を、十二分に発揮するその才覚は、やはり、父譲りなのだろう。リヴァイサンという龍の強さは、きっとその、全てのものに対する順応性と応用力の高さだ。確かに、人間や、他の種族から見れば、このセンスは神に愛されたもの、もしくは、その神自身のようにも見えてしまう。 けれど、それだけではない。その力、ひとつひとつに宿るのは、シャンが出会ってきた、数々のモンスターたちの力だ。リヴァイサンが使いこなし、鮮やかに魅せるその攻撃のひとつひとつを受ける度、感じる。 (やっぱり、強かったんだ……) 自分がこれまでに出会ってきた、数々のモンスターたち。彼らの強さは、やはり、生半可な覚悟では太刀打ちできないものだったのだ。そう考えると、心の底から湧き上がってくる、ハンターとしての、純粋すぎる歓び。これ以上の誇りは、ない。 「……そうでもないよ」 言うが否、シャンは走り出した。爆煙のなかから駆けだした彼女の姿を見止めるとともに、リヴァイサンが身構えたが、その前に、シャンはポーチをさぐり、白いボールを取り出した。《けむり玉》。鋭く投げつければ、リヴァイサンの周辺が、真っ白に煙る。 黒い煙の中から飛び出した人間を見止めた瞬間、今度は、突然、視界が真っ白に染まり、リヴァイサンは周囲を見渡した。慣れないものに、数秒、動きを止めたが、シャンの内側にいた時の記憶を引っ張り出し、それがハンターの道具だという情報を取り出す。 「……こんなの、私に通用すると思ってんの?」 ぽつりとつぶやき、瞬間、すさまじい力で、地面を蹴る。勢いよく、前方へと、煙幕を抜ける。他のモンスターと同じように、大人しく煙幕のなかにいると思ったら、大間違いだ。 だが、次の瞬間、首筋にひやりと落ちたものに、ぞっとする。脇を見れば、頸動脈のすぐそこまで、まるで、リヴァイサンの首を刈り取ろうとする死神の如く、黒い大鎌が迫っていた。 「やっぱり、……あんたが後退することなんてありえないもんね」 「――このっ、」 毒づいて、さっと身をかがめる。だが、驚きのなかでは、反応が遅い。ぶんと太刀を横に薙いだシャンは、そのまま刃を、リヴァイサンの足元へと鋭く突き刺し、そして、薙ぎ払う。そして、この場所は――塔の広間の際。すぐ後ろは、風の啼き上げる、黒い空だ。 「……くっそ……!」 リヴァイサンの声と同時に、足場は大きくえぐられ、岩が崩れて――地上へと、落ちてゆく。 リヴァイサンの毒づく声を聞くとともに、シャンは周囲を見渡した。瓦礫ははるか遠くにある地上へと堕ちていったが、リヴァイサンの姿は、見えない。それどころか、気配すら、ごくわずかなものになる。あの強大な気配が隠れきるほどの、静寂。 (オオナヅチか……) どこにも、姿が見えない。先ほど、余韻のように残った気配も、もう風にさらわれ、消えてしまった。まるで、この塔から去ってしまったかのように、最初と同じ沈黙が、塔に落ちる。神秘的な静寂のなか、シャンはもう一度周囲を見渡した。やはり、見えない。 そうと分かり――彼女はおもむろに、目を閉じた。とたん、全身の神経が、周囲の景色を探っていく。高まった感覚が、まず、祖龍を感じ、そして、リヴァイサンを探す。 どくりと、心臓が高鳴る。どくん、どくん、どくん……それを合図に、まるで、時を刻むかのように、心臓の音が、聞こえてくる。これは、自分の音。シャンの持つ、人間の心臓の音。血が流れてゆく。全身に、ゆっくり、血がめぐってゆく。 それを静かに感じているうち、彼女の心臓に、共鳴するかのように、響く音があった。どこからかは、分からない。どこにいるのかも、分からない。だが、共鳴し、ともに刻む音がある――二つの音があわさると、ひどく安心する。 ふうっと息を吐き出し、シャンはわずか、瞼を持ち上げた。 そして鎌は薙ぎ払われる。シャンの左腕がまっすぐ伸び、ぴたりと止まる。 「見つけた」 静かな声で、シャンは戦いの終末を告げた。 |
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